枝垂れ桜

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「ええ」と頷いた彼女は巨木に近づき、左手をそうっとかざした。  ふっ、と左手から透明な小指が消え、巨木に薄桃色の花が一つ、ぽっと咲いた。  驚く僕をすり抜けて、少年が透明なハムスターを優しく枝に乗せる。また一つ、ぽっと、桜が咲き、ハムスターは消えてしまった。  そうして、次々と人々は「失くしもの」を花に変え、いつしか裸の巨木は満開の枝垂れ桜になった。  たわわな花の重みに枝がしなる。  桜は、形容し難い、妖艶さに満ち満ちていた。 「この桜の花はね、失くしものと共にあった未来を宿しているの。小指を失くした私は、失ったピアニストとしての未来を花に灯した。これから先、私は新たな未来を作らなければいけないから。けれど、一年に一度、桜の咲くほんのひと時だけ、私は失くしものの先にあった未来に、心を添わせるの。失くしものは、思い出すものに変わるのよ。きっとそれは、辛く哀しいけれど、しみじみと優しい心を育んでくれるわ」  小さな少年は、大きな瞳を潤ませて笑う。 「僕はハム太が大好きだったから、なかなかお別れできなかったんだ。でもね、この木に咲いた花は、いつか新しい命の一部として生まれ変わるんだって。だから、僕はハム太とまた会える日まで、お手伝いとか、学校とか、いろんなことを一生懸命頑張るんだ」
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