序章

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 時計塔は森の奥にあった。  校舎の裏に広がる森は、普段あまり人の行き来がない。だから私は、こうして一人になりたいときや、静かに考えたいときに森の中へ入る。  生い茂る草木はかなり背が高く、よく見ると木陰にリスがいたりもして、学園の敷地ということを忘れそうになるほど自然に溢れている。……いっそ忘れて、ついでに全部忘れてしまいたい。心にずっしりとのしかかる憂鬱は、何をどうしても忘れられないものだ。  私が木綿さんに一言「薬飲んだ?」とだけ確認をしておけば、彼女が倒れることはなかったのだ。いくらふわふわした木綿さんでも大丈夫だろうと思って何も言わなかったから。だから彼女は風邪が悪化して倒れ、放課後になるまで医務室から動けなくて、海外転勤するご両親の見送りへも行けなかった。  今朝に戻ってやり直したい。友達の具合を気遣えなかった自分を戒めたい。彼女が早退して空港へ行くつもりだったこともわかっていたのに。  そうやってどれだけ後悔しても時間は戻らない。私のせいじゃないと木綿さんは笑って言ってくれたけれど、私の行動一つで全部が上手くいったはずなのだ。  落ち込むときは心底落ち込んでしまいたい。そんな変な考え方の私は、悲しいときも悔しいときもこの森へ入るのであった。もう慣れているから道はよく知っているけれど、まるで奥深くへ迷い込むくらいにめちゃくちゃに歩いて、どんどん暗い場所へ向かう。取り戻せない過去から逃げるように。 『森の奥に時間を戻れる時計塔がある』  あまりにも過去を後悔していた私は、ふと学園で聞いた噂を思い出した。普段はそんなもの信じないくせに。こういうときに思い出すズルさが私のダメなところだ。  でも次の瞬間。  顔を上げると目の前に時計塔はあったのだ。  それまで何度森へ来てもなかったのに、突然目の前に現れた。高さはビルの三階分ほどの真っ黒の塔だった。円柱のてっぺん付近で、時計の文字盤が金色に光っている。針は現在の時刻を指しているようだ。  どうしよう! 私はきっと噂の時計塔に辿り着いてしまったんだ!  しかし焦る気持ちより好奇心が強く、一つだけ付いている小さなドアを押して開くと迷わずに中へ入った。
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