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いつしか俺は、その死を待ち侘びるようになっていた。
何度も何度も死を迎えるのは苦痛でしかない。
腸が飛び出すあの痛みから死を迎えてやっと逃れられた、そう思っても生き返る。
無駄な命だ。
それでも、自ら死を迎えようとは思わなかった。それすらも面倒だったのかもしれない。
自然に生きて自然に死ぬ、それが摂理。
そうして冬が訪れ雪が降り積もる季節になり、俺は寒さを凌げる寝床を求めてふらふらと歩いていた。
雪の中で眠ったら死ぬ、それは既に経験済みだ。
塀を乗り越え、一軒の屋敷の庭に降り立つ。そこには縁側があり、その軒下なら雪を避けられるやもしれない。
縁側の障子の引き戸は閉められているし、人間にも見つからないだろう。そう思ったのに俺が軒下に入る前にすっとその障子が開いた。
「猫の声がすると思ったら、あなただったのね?」
か細い人間の女の声がして、「こちらにいらっしゃい」とその人間が細い手をこちらに差し出す。
「そこは寒いわ。火鉢を焚いているから中は暖かいわよ」
こほこほ、と小さく咳をしながらその人間の女が俺に声を掛けるが、警戒心の解けない俺はそこで威嚇するように尻尾を立てて背中を丸めた。
「大丈夫、別にあなたを取って食おうなんて思ってないわ。せっかく来てくれたお客さんをもてなしたいの」
もしここで俺がこの人間に殺されたとしても、まだ命は一つ残る。そんな気持ちもあってかひょいっと縁側に登って部屋に入り込むと、確かに中は暖かい。
畳の部屋の真ん中には布団が敷かれ、その女以外に人間は誰も居ない。
「誰もこの部屋には寄り付かないわ。病が伝染るといけないから。だから一人で寂しかったの」
妙な女だった。俺が泥で汚れた足で布団に上がっても「あらあら」なんて笑っている。
その顔は、街で見かける人間達とは違う。真っ白で痩せ細り、今にも命の灯火が消えてしまいそうだ。
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