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「ならよ。俺とお前はろくでもない人間同士。お前は俺の心が理解できるはずだ。俺が煮詰まった時には、話を聞いてくれ」
「ええ。もちろん、喜んで」
シンキチの目に、熱いものがこみ上げはじめていた。
「俺の同志になるなら、今日からお前は生まれ変わるんだ。新しい名前を付けてやる」
「新しい、名前?」
シンキチは首をかしげた。
「ベンケイと名乗れ」
「ベンケイ?」
「俺が信仰してやまない女性の姿の神様、それがすなわち弁財天、弁天様だ。弁天様は知恵の神様だ。お前は女だし知恵もある。だから弁天様から一字を頂戴する。慶は慶び。お前のこれまでの人生は、察するところ苦しいこと、辛いことばかりだったろ。だからこれからは慶びに溢れるよう、慶の字をつける」
「ベンケイ…ベンケイ…弁慶」
繰り返し口の中で繰り返すシンキチの目から、大粒の涙が流れはじめていた。
「よき名を、ありがとうございます。今日から私は生まれ変わります。あなた様という、私を信じてくれる方が現れたのですから。一生涯をかけ、全身全霊であなた様にお仕えいたします」
「おい。俺を置いていかないでくれよ」
カイソンが、手を取る二人の間に割って入った。
「ウシワカ。俺もお前の家来…できれば同志にしてくれ」
「えっ。カイソンは友達だろ。家来なんて」
カイソンは首を振った。
「俺、今日までお前のこと、正直なめてた。確かに血筋はいいけど、所詮は負けた武将の子じゃん、て。でもお前はすげえ強いし、知恵も決断力もある。しかもさっきなんか、俺が無謀な突撃をしたのを怒りもせず、かばってくれだだろ。すげえ奴だって俺、心服した」
「かばうのは当然だろ。カイソンは唯一の友達だ」
「いや。友達だってことに甘えちゃいけねえんだ。俺はウシワカの家来になって、自分を極限まで磨くことにした。強くなって、いつかお前がやられそうになったとき、お前をかばってやるんだ」
ウシワカの目にも、涙がこみ上げてきていた。
「よし。俺たち三人、これから一生同志だ。一緒に平家を打倒しようぜ」
「ええ」
「おう」
東の空に昇った太陽が、三人の頬を温かく照らしはじめている。
その時。
三人の頭上に火の付いた矢が通り過ぎた。
矢はネエさんとベンケイの暮らすあばら家に突き刺さる。
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