第一話 晩年の寄り道

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「おはようございます……」 「ああ、おはよう。もう美月は食堂で飯食ってるぞ」 味噌汁の香りにつられ厨房に顔を出した俺に銀二さんが言う。俺は寝ぼけ眼で銀二さんをじっと見つめた。 そして漸く、昨晩の出来事を思い出す。夢みたいだが、残念ながら全て現実なのだ。 石階段。天ぷら蕎麦。死者。ナタヘビ。そして、狐。 「……あ、そうだ」 俺はポケットから昨日見つけた紙切れを取り出し、銀二さんに差し出した。 銀二さんはそれを受け取り、暫し眺める。 「……昨日」 そしてゆっくりと、口を開いた。 「昨日、あの死者……というか悪霊がやって来たとき、懐かしい感じがしたんだ。昔も同じような事があったような気がした。それから……昔は上手くいったのに、今回は上手くいかなかった気がするんだ。術は成功したのに、おかしな話だろ。でも、やっとその理由がわかった」 銀二さんは紙切れ……否、写真を握りしめ、ぽつり、ぽつりと涙を溢す。 「……なんで、思い出せないんだろうな」 「銀二さん……?」 「昔はな、嬉しそうに笑う誰かが……確かに、そこに居たんだ。こんな風に嬉しそうに笑って、俺の料理を食べるんだ。おいしいって言って、夢中に、なって……」 セピア色の写真に映されていたのは、右手に箸を、左手に肉じゃがの入った器を持ち満面の笑みを浮かべる、青年の姿だった。 第一話 晩年の寄り道 ―完―
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