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運ばれてきたぜんざいは、甘さ控えめでとても好みの味だった。俺の記憶には無い味だから、これも誰かの記憶の中の味なんだろうか。……それとも、銀二さん自身の味だったりして。
小豆一粒残さず完食して、美月ちゃんの方をちらりと見やる。なんでもない顔で、ぜんざいを食べていた。いつも通りの、楽しげな笑顔。
(……この子にはできれば、ずっとこんな顔をしていて欲しいな)
それが自分勝手な気持ちでしか無いことも知っている。でも、何か辛いことや悲しいことがあるなら、できるだけ早く解消してほしいと思うのは、駄目だろうか。それも、俺の自分勝手なのか?
まあ――俺には嬉しいとか楽しいとか、辛いも、悲しいもなかったから、よく分からないんだけど。
誰かの悲しむ顔って言うのは、空虚な世界にいたこの間までの僕にはさっぱり分からなかったものだ。
銀二さんの涙、さつきさんの笑顔、美月ちゃんの悲しげな顔。全部、全部が、俺にとっては新しい。
(なんて、こんな事言えないよなあ。美月ちゃんが辛いのを隠してるのと一緒だ、たぶん)
なんの感情も、なんの喜びも、なんの悲しみもなかった、今は遠い平坦な日々。その一日すら思い出せないほどに、今はここで過ごした一分一秒が、とんでもないスピードで記憶を塗り替えていく。
まるで、俺の居場所は、本当はここだったんじゃないかってくらい。
――そんなの、きっと気持ちが昂ってしまっているだけの、勘違いなんだけど。
「……お兄ちゃん。たぶん、もうすぐ来るよ。マフラー」
「ん?ああ、そうか。ありがとな」
美月ちゃんが告げれば、銀二さんは美月ちゃんの肩にぽん、と手を置いた。美月ちゃんはその手を大事そうに握り、さつきさんをちらりと見る。
「マフラー、受け取りに行こう」
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