Prologue

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嵐が止む。暗雲の遥か向こうで光を放ったそれは螺旋状の巨大な鍵盤だった。天を突く剣のように険しい山嶺の間に雲海の渦巻く千尋の谷ーー人はもちろん精霊すら容易に寄せ付けぬその聖地より生まれ出でたの銀河のように自ら混沌を照らし、さらに遥か上の天に向かってそびえ立つ。古い伝承では宇宙の遥かその向こう、人知の及ばぬ世界まで届く聖なる階段であるとも天界を支える柱であるとも伝えられている。 「……これは?」 妖精族最後の王女にして勇者であるネイロが叫んだ。 「白鍵は大理石、黒鍵は黒曜石。これこそ世界の調和を司る『神の音階』だ」 師匠であるヒビキ上人が言った。しかし清烈な気に満たされているはずの地は静かな怒りにも似た不穏な大気が覆い、悲鳴のような不快な音が切れ切れに聞こえてくる。 「鍵盤でありながら完全なる純正和音を奏でる神の楽器……世界の生まれし頃より世にも美しいハーモニーで世界の調和を守っている。だがある時よりかの壮麗なる神秘の楽器はところどころ軋み、歪み、あるいは霧のように消え始めた。このままではいずれバラバラに崩れてしまうだろうーー我々の暮らすこの世界とともに。これこそが世界の歪みの源、崩壊の前兆だ。太古よりわれわれ人間は謙虚に神の声を聞き、精霊や妖精、神秘生物ーーそれらの種族と共存していた。いつしか人間のみが圧倒的な文明の力に取り付かれ欲望のままに他種族の領域を侵し無数の生物を滅ぼし、大気、海、土壌ーー地球そのもののバランスを乱し続けている。他方、君達妖精族は人間に侵されぬわずかな原生の地、はてはこの聖地に至るまで領有を争い、お互いが滅びの危機に瀕してなお、反目し合っている」
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