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『天。男は決めるべき時に決めればいい。それが格好いい男だ』
…――親父の口癖が天の脳内で反芻する。
死んでしまった親父。コミカルな帽子を託して手の届かない遠くにいってしまった親父。天にとって最高なヒーローだった親父。彼の視界がわずかに霞む。
「チッ。らしくねえな。徹夜のせいだな、きっと」
と舌打ちをしてから独白。
天と葵はナニ平(※大谷守(おおたに まもる)。葵の父親)が運転してきたウォークスルーバンで移動している。闇に隠れるよう深夜の波止場を出発して今は明け方。綺麗に晴れ渡った小春日和。12月という寒い季節にもかかわらず温かい。山々のすき間から顔をのぞかせる太陽が温かい陽射しを送っていたのだ。
「ふああ。やっぱり徹夜ってのはどうも苦手だ。眠いな」
運転をしながら欠伸。
車にはカーステレオが装備してあったのでジャズをかけている。快調に細い道を疾走していくウォークスルーバン。一台通るだけの広さしかない道だが、すれ違う車など皆無に思える田舎道。このまま何事もなければいいが、そうもいかないだろう。助手席で心地よさそうに寝いている葵を見つめてから目を細める天。
いくら小憎らしく口の悪い葵であろうと寝てしまえば天使である。
顔立ちだけは可愛いのだから。
天がなんとなく親心というか父性的な愛情なようなものを感じてしまってそっと葵の頭を撫でてやる。葵は眠そうに寝返りをうってから「パパさん」と涙を流す。どうやら守と葵は仲のいい親子のようだ。仮に葵と守が実の親子でなかったとしても、葵は守から実の親子以上の愛情を受けて育ったのであろう。
天はまた自分の父親を思い出して目を細めて葵を一瞥したあと運転に戻る。
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