墓守

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 十五年前、私はこの家に引き取られた。十の時だった。両親を一度に亡くしたのである。  事故であった。  貧乏だった私の家は、夏休みに旅行に出かけたりだとか、そういったことがほとんどない家庭であった。しかし、その年は、珍しく父親が乗り気になって、母親も賛成し、家族旅行が決まったのである。それで、その前に、祖母に顔を見せようということになったのだ。私たちは、意気揚々と車に乗り込んで、そして、事故にあった。私は無事だったが、両親は、助からなかった。  この家に連れてこられて、初めて食べたのも蕎麦であった。祖母が自ら粉を引き、練り、私のために作ってくれたそれは、太さも長さも不揃いで、大層不格好だったけれど、胃に染みわたる美味さだったのをよく覚えている。  私は、祖母に育てられた。  十八で家を出るまで、ずっとこの家で、祖母と、ミケと暮らしていたのである。  まさか、戻ってくることになるとは思わなかったのだ。二度と帰るまいと思っていた、この蕎麦畑のある家に、今、私は座っていて。 あの時と同じように、蕎麦を啜っている。  覚えず、涙が落ちた。肩に、ふわりと温かいものが触れる。祖母の手だった。節立って、真っ黒く、しわくちゃの手。それでもその手は、温かさに溢れていた。 「よく帰ってきたなあ」  そう言って、私の肩を抱く祖母に、私は縋りついた。まるで子どもの頃に戻ったかのように。激しく、泣いた。私をあやすように、祖母の手が背中を行き来する。 「おめはなんも、悪くねえ」 「……ばあちゃん」 「なんも悪くねえよ」 「ごめん、ばあちゃん」 「あやまるでねえ。おめはな、おれの立派な孫だ」  何かふわりとしたものが、私の足に触れた。ミケが喉をころころと鳴らして、私に体を擦り付けている。 「……ミケ」  ミケは小首を傾げて、にゃおと鳴いた。
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