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次の日から、苦いチョコレートがテーブルに用意されることはなくなり、かわりに何の味もしない胡桃やアーモンドが秋鹿のおやつになった。これもきっと、「躰に良いもの」なんだろう。さしておいしくはないけれど、日曜日には父さんの手作りのケーキが食べられるし、苦いチョコレートより全然良いと思った。
そう云えばと、借りっぱなしになっていた本を開く。すっかり読むのを忘れてしまっていた。そろそろ図書室に返却しないと、怒られてしまうかも識れない。
しかしあれだけ愉しみにしていたシリーズの新作なのに、少しも心は踊らない。本を閉じ、外に出た。自然と足は空き地に向かう。段ボール箱すらもう置かれていない。ゴミとして、片附けられてしまったのだろう。秋鹿が残したチョコレートは、どうしただろう。
ふと、あの猫の啼き声がした。まさかと思って振り向くと、道の向こうに、猫の姿があった。
「あ……、」
はあ、と、秋鹿は息をふるわせた。猫は遠くから秋鹿を見つめて、「ニャア」と、また啼いた。
秋鹿が駆け寄ろうとすると、角から誰かやってきて、
「おいで」
と、猫を抱き上げる。秋鹿と同じ小学生のようだが、その横顔はよく見えない。猫は彼の胸に頭をこすりつけて、甘えた。そしてそのまま彼に抱かれて、行ってしまった。
秋鹿の両睛から識らず泪が流れた。あの猫は元気で、誰かやさしい人の処へ行ったのだ。
「良かったね」
去っていった猫に、秋鹿は云った。それから、「ごめんね」と、謝った。酷いことばかりして、ごめん。
君はもう、僕の友達じゃなくていい。
あのやさしい猫が、やさしい人に、いっぱい、いっぱい、やさしくされれば良いと思った。
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