一夜

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 猫が鳴いているようだったので小窓から覗いてみたが何も見当たらなかった。  真っ暗な住宅街。その中でぽつぽつと光る人々の暮らし。二階から見下ろす目の前の道路に一本、淡々と白色光を洩らす街灯が冷たく立っている。しかしやはり、錆び付いた手すりにしがみついて身を乗りだし、左手の空き地や右下の自転車置き場など、思いつく限りを見渡しても猫の影はおろか人の気配もない。  ボロアパートの窓に設けられた手すりなんて単なる飾りだ。体重をかければたちまち壊れてしまいそうなそいつに体を預けてまで探してやったというのに、その夜、猫が私の視界にその姿を映すことはついになかった。  しかしやはり猫の鳴き声はどこからともなく聞こえていた。二日酔いの私には堪らなく辛かった。それが一晩中続いたため、私は時おり死ぬように意識を失うことはあったものの睡眠という睡眠に浸ることは叶わなかった。
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