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岩に打ち寄せる波の音を聞きながら
オレはまた、思い出してる。
あの時、納屋の奥で押し倒されたコイツと一瞬、目があって
慌てて、その場から逃げ出した…そのあと
自分の身に起こったことを。
できるだけ平常心を保とうと思ってたけど
それでも、やっぱりショックを受けて、混乱してたんだと思う。
思いっきり、全速力で走りに走って
たどり着いた場所が、この巨岩の上だった。
昔から〝落ちたら危ないから行くな〟と
親には言われ続けてたけど
危険で誰も近寄らないのをいいことに
一人になりたい時は、釣り竿片手に、よく来てた。
だから、普段から人影なんてないはずの、この場所で
息をきらせ、足早に駆けのぼったオレが目にしたのは
……か細い背中だった。
大海原に今にも沈もうとする暮れかけの太陽
その斜光に照らしだされながら
その女性は一人ポツンと、波しぶきの打ちつける岩場に立っていた。
オレはただ、その華奢な後ろ姿を
無言で見つめた。
オレの存在に気づいて、振り向いて欲しいような
欲しくないような…微妙な心もちで。
なんとなく、その光景を、そのままずっと眺めていたい…そんな気もして。
だけど、相手がハッとして振り返った時
オレは自分がその場にとどまってたことを後悔した。
白い頬には、うっすらと涙のあとが…あった。
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