後編

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  ***  これは後で知ったことだが、イギリスではかつて『クロイドンの猫殺し』と呼ばれる事件が起きたそうだ。  ロンドン南部クロイドンで猫の惨殺死体が発見されたのを皮切りに、イングランド全域で猫やその他の動物の死骸が通報されるようになった。その数は、最終的に四百匹以上に膨らんだという。当初、警察はそれを同一の犯人による連続猫殺傷事件と見ていたが、犯人の手掛かりは一切掴めないまま。ただいたずらに殺された猫の死骸の数と、犯行の範囲が広がっていく。  そして、三年に渡る捜査の結果、警察はついに結論に達した。即ち、『クロイドンの猫殺し』なる連続猫殺傷犯は実在しない、という答えに。  もしも『犯人』と言える存在があるとすれば、それは狐などの野生動物だ。猫が野生動物に肉を貪られた後の死骸があまりに無残で、ショックを受けた市民が、それを「異常者が猫を惨殺した」と思い込み、警察に通報した――そして、その勘違いは拡散し、各地でもともと日常的に起きていた野生動物による猫の殺傷が、すべて人間によるものだと誤認されるようになった。結果、『クロイドンの猫殺し』という一つの虚像が生まれるに至ったのだ。  そして、動物にとって、共食いはさして珍しい行動ではないらしい。特に出産直後の栄養が足りない状態において、栄養を補給するために我が子を食い殺すことは。  そもそも今から思えば、猫が生む子供の数として二匹というのはひどく少ない。あの仔猫たちより以前にも我が子を食べたと考えるのが自然だろう。その時は肉片も残らないほどきれいに食べたが、食べ残し――もとい、あの首無し死体の仔猫だけはたまたま発見されたというわけだ。  それを『残酷』と感じるのは、人間の勝手なのかもしれない。  その出来事があってから、誰もシロの空き地には近寄らなくなった。教室でもみんな、シロの話題を出すことを避けているようだった。  そしていつの間にか、例の空き地からはシロの姿が忽然と消えていた。  誰かに拾われたのか、あるいは餌を求めて別の場所へと移っていったのかはわからない。  それでも、僕は空き地の前に来るたびに、自然と早足で通り過ぎるようにしていた。廃車の下から、まだ、仔猫の肉を食らうあの音が聞こえるような気がして。  終
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