いぬらー

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いや、走り出そうとしたが、妻に腕をぐいと引っ張られ、私はボールを追うことができなかった。 「あなた!」 「なんだ!」 ボールを追わせてくれなかったことへの腹立たしさから、つい語調もきつくなる。だが、妻は急に憐れむような、悲しそうな顔になった。 「何か悩み事があるの? 私にも言えないような……急に道路に飛び出そうとするなんて……」 はなはだしい妻の勘違いに、慌てて私は首を横に振った。 「違う、ボールが──」 「今はボールの話をしているんじゃありません!」 ぴしゃりと言い放つ妻に、私は思わず首を竦めた。このように大きな声をあげるということは、怒っている証拠だ。なぜ怒っているのかは不明だが。 しかし妻は、今度は憂いに満ちた表情で、私の腕にしがみついてきた。 「ねえ、私、心配なのよ……。研究が終わってからのあなたって、なんだかひどくぼーっとしちゃって、何もなさろうともしないで。受賞が決まっても"ああそうですか"のひと言だけだったし……」 通りの向こうを、ミニスカートの女性が、茶色に染めた長い髪をなびかせながら颯爽と歩いているのが見えた。 綺麗な女性だ。健康そうだし、そしてまだ若い。彼女なら私の子どもをたくさん生んでくれるに違いない。
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