ユリ

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あれは……そう、真夏のクソ暑い日だったと思う。 家に東京の警察から電話がきたんだ。 『……田所貴子さんはお宅の娘さんで間違いないでしょうか?』 ってよ。 タドコロタカコ? 貴子といえば俺の娘と同じ名前だが、うちは“藤田”だ。 タドコロタカコなんて知らねぇよ。 『……旧姓“藤田貴子”さん。現在はご結婚されて“田所貴子”さんですよね?』 結婚した………? 貴子が……? なんだそりゃ! 俺はそんな事知らねぇぞ! 『ご家族の方ですよね? 娘さんの結婚をご存じではないですか? ……失礼ですがお父様で? ああ……そうですか。では落ち着いて聞いてください。……先日、東京都H市で殺人事件がありましてね。それで、被害者の方の身元を確認したところ、娘さんの貴子さんである可能性があります。一度確認をお願いしたいので東京まで御足労願えますか?』 その電話を切ってすぐに、爺ちゃんは婆さんと2人で東京の警察の行ったんだ。 道中、婆さんに貴子が結婚したの知ってたのかって聞いたけど、婆さんも驚いててな。 ここ何年か連絡が無くて手紙を出しても宛先不明で戻ってきた、勤め先の会社に電話しても辞めてしまって居場所がわからなくなっていた。 こんな事なら早くにお父さんに相談すればよかったって、震えながら泣くんだよ。 だからな、 『じゃあよ、人違いじゃねぇか? いくらなんでも結婚したなら連絡の一本くらい寄越すだろ。警察も人の子だからよ、そりゃ間違いくらいあるさ。とりあえずここまで来ちまったし警察に行くだけ行って、人違いを確認したら、本物の貴子のところに寄ってみねぇか? 突然俺らが行ったらアイツ驚くぞ! 土産は貴子の好きな苺がのったケーキにしよう。ケーキ屋で一番でかくて一番高いのを買ってやるんだ。今なら……ほら、なんだ……勝手に上京した事許してやったっていい。そうだよ、あれから10年もたったんだから時効だよ……』 馬鹿みたいだろ? 爺ちゃんも婆さんも貴子がどこに住んでいるかも知らねぇのに。 でもな、あの時はとにかく貴子が殺されたかもしれねぇなんて事は信じたくなくってよ。 東京に着くまでの新幹線の中で、会えもしねぇ娘の話ばっかりしていたんだ。
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