本編

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「眼鏡、眼鏡……」 あたしのお父さんはそう言いながらフローリングの床を這う。 またメガネをどこかに落としたのね。 あたしはやれやれと首を振った。 「なぁ、眼鏡を知らないかい?」 彼はたぶんあたしに向かってそう言った。 顔を向ける方はちっとも当たっていないけれど。 お父さんがメガネと言う時、あたしの耳にはいつも眼鏡という音で聞こえる。 どうしてなんだろう。 あたしは疑問に思いながら、未だおろおろとしている彼を横目に見た。 お父さんとはいえ、あたしと彼は血が繋がっていない。 それに他の子たちのお父さんと違って、あたしのお父さんは若い。 それはもう圧倒的に若くて、だからあたしはいつも鼻が高いのだ。 だけど、若いってことはそれだけ人生経験が少ないってこと。 だから彼はいつだって頼りない。 娘のあたしはこんなにもしっかり者なのにね。 でもそれって仕方ないことなのかも。 だってあたし達は本当の親子じゃないんだから。 けれどお父さんはあたしの世話を焼いてくれる。 だから、あたしは彼をお父さんって呼ぶのよ。 だって、人間は世話を焼いてくれる男の人のことをお父さんと呼ぶんでしょう? それから女の人はお母さんと呼んで、同じ家に住んでいたら家族になるのよ。 あたし、よく知っているの。 ふふん、と自慢げに鼻を鳴らす。 「眼鏡、どこだろう……」 お父さんは眉毛を下げて肩を落とした。 ……もう、仕方がないわね! あたしは足元に転がっていたメガネを咥えて、それから彼に近付いた。 とたとたとた。 お父さんはあたしの気配に気づいて、あたしを抱き上げようと手を伸ばす。 けれどあたしは素直に抱きしめさせやしないわ。 あたしは咥えていたメガネをお父さんの掌に落としてあげた。 彼ははっとして慌ててメガネをかける。 それからあたしに向かって笑いかけた。 「ありがとう、助かったよ」 こういう表情のことを、優しく甘く蕩けるみたいな笑顔って言うんでしょ? あたし、知っているわ。 家族なんだから当たり前でしょ、とあたしはお父さんに返事をした。 「みゃあ」
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