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 シロンの劣勢は、明らかだった。  あたしは大声をあげて応援したいのをグッとこらえ、爪が食い込むほど両手を握りしめた。手のひらに、じんわりと汗がにじんでくる。伝統ある競技だから、物音一つたてずに観戦しなくちゃいけないんてナンセンス。応援や歓声で盛り上がれば、戦う方だってもっと気合いが入ると思うのにな。  中世ヨーロッパ宮殿の、舞踏会場そっくりな室内競技場。高い天井に嵌め込まれた色とりどりのステンドグラスにかもし出される虹色の光彩が、磨き上げられたチークのフロアに散乱する。  鋼の擦りあう澄んだ音を響かせながら、その場に対峙する二人の男子。クラス一番の長身で体格の良いライハルトとスマートな身のこなしで体格差をカバーするシロンだ。  ライハルトは肩幅の広い背に栗色の巻き毛を波打たせ、高い位置から叩き付けるようにサーベルを振るう。でも森や岩場を跳躍するカモシカのような機敏さで逃れるシロンを、捕らえることは出来ない。だけど、あたしは気がついていた。シロンの息が上がり、動きがだんだん鈍くなってきた事に……。  世界の理(ことわり)を支配する十三賢者。その候補生六十人が学ぶ『ファートゥーム魔法学校』は、時間と空間の狭間にある『クラッシュ・ケイブ』という場所に存在する。頂上が雲にかすんで見えないほど高い山に四方を囲まれた盆地で、小さな街と学校、ささやかな耕地と深い森、そして流れ落ちる先が水煙で見えない大きな河がある。この場所の外がどんな世界なのか、賢者様しか知らないらしい。 『ファートゥーム魔法学校』では毎年クリスマス直前に、現在の時の賢者シグルス様を讃えて『シグルスの銀杯』という剣技を競う競技会が開催される。競技場中央壁面には『時の賢者シグルス』の勇壮な姿がレリーフとして掲げられ、その両サイドのロイヤルボックスで七人の先生が試合の行方を見守るのだ。  サーベルを手に競技に参加できるのは、男子生徒四十二名だけ。十八名の女子生徒はフロア後方のギャラリーから、お気に入りの男の子や内緒で付き合っている恋人を胸の内で熱く応援する事しかできない。
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