小面の客

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ーーーー 「あれっ? 旦那様、その刀、前のと違いますね!?」 失せ物屋の主人が持つ短刀は、以前の茶石目塗の鞘ではなく、黒呂塗のもの。 「前のやつは、ただの預かり物さ。この間の客は、元々この短刀を俺に渡す予定だったんだ。 刀身はだいぶ血を吸っちまったが、手入れをすればなんとかなる」 刀身に息が掛からないよう口元を手拭いで覆いながら、失せ物屋は抜き身の刀身の手入れをしていた。 「血を吸った」と聞いて少し身震いしたが、今は染み1つない刀に、怖さは感じない。 黒呂塗の土台に葡萄蔦の蒔絵が施されている鞘を見て「それも綺麗だなぁ」と太郎は呟いた。 「あの人は、無くしたものを取り戻せたんですね?」 「まあ、そんな所だ」 小面の客が初めて刀を持ってきたあの時、主人に何を言ったのか太郎は知らない。 2度目には「苦しい」と訴えて訪れて、小面も恐ろしい面に変わっていた。 あれからどういう経緯を得たのか、太郎が聞いても主人は飄々と躱すだけで教えてくれないだろう。 しかし今日の主人はすこぶる機嫌が良く、今も水鉢に目をやり優しく目を細めている。 それだけで何故だか嬉しくなり、刀の手入れを終えた主人の元に、太郎は両手をついてずり足で近寄った。 「だけど、そんな短い刀じゃカッコ悪いですねえ。 もっと、こう、大きな刀じゃないと、刀! って感じがしませんね」 子供らしい太郎の意見に、分かってないねえ、と主人は笑う。 「あ! わかった! それ! 南京を割るのに丁度良いですよ!」 そう言うと、太郎は主人の手よりひょいと刀を拝借し、裏へと走り去って行ってしまった。 「ちょっ! ちょっと、おい! 待て!」 慌てて叫ぶ主人の耳に、ザクッと何かが爽快に切れた音が届いた。 「あ! やっぱり! 旦那さまぁー、これ凄い斬れ味!!」 「……このクソ餓鬼がぁ!!」 主人が立った拍子に、長火鉢の片隅に置かれた水鉢の水がゆらりと回った。 ゆらゆらと揺れる水面に映ったのは、窓辺で微笑む理子と、真子だった。 小面の客 ー終ー
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