《22》

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 順正がふらりと姿を現したのは、夜になってからだった。 「ひどい所におるのう、本多正信」  囲炉裏を挟んで、順正が正信の対面に腰を降ろした。順正は胴丸を着けている。順正が右手の錫杖を床に置くと、環が音を立て、囲炉裏で赤い灰が舞い上がった。 「あまり、ここを訪ねないでくれ、順正殿。目立ちたくないのだ」 「家康は、変幻に動いておるな。捉えきれん」 順正は正信の言葉を無視し、火箸を拾って、囲炉裏の炎をいじり始めた。 「何をしに参られた、順正殿」  順正が手を止め、正信の眼をじっと見つめてくる。いつもの厳めしい眼ではない。どこか茫洋とした、無垢なものを感じさせる眼差しだった。 「お前は、阿弥陀様をどこまでも信じきる事ができるか、本多正信」  正信は無言で順正と視線を合わせ続けた。 二人の間で、囲炉裏の炎が生き物のように動き、燃ぜる音を立てている。 「私は」 正信は口を開いた。 「私は、空誓様が好きだ」  順正は火箸を置いてから、錫杖を掴み、立ち上がった。 「ちゃんとあった」 順正が言った。 「共に死ぬる理由はちゃんとあったわ。策を言え、本多正信」 「西尾城に向かう、家康軍を襲っても、ただ返り討ちに遭うだけだ」 正信は言いながら、どこか毒を吐き出したような、すっきりとしたものを感じていた。 「だから、狙うなら、岡崎に戻る途中だ。ここなら、家康軍にも油断が生じている。皮肉なことだが、荒川義広が潰された事も、家康軍の油断を誘う良い材料になっている。だから、順正殿、今は、大人しくしていてくれ。動く時は私が言う」
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