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 自席にもどるとLINEが届いた。 ――麻穂(まほ)ちゃん、大丈夫? たねむー、いっつも麻穂ちゃんに粘着しててひでえよ。あんなやつの言うことなんて気にすんな!  まだ、世界には愛ってものもあったんだ。  入社2年目同期の飯山岳太(いいやまがくた)君のあったかい言葉に、絶対零度近くまで冷え込んだ心が一気に温帯モンスーンくらいまで温まった。 ――ありがとう! 慣れてるから大丈夫! 今日も忙しいけど頑張ろうね。  とりあえず返信して飯山君の席のほうを見ると、軽く微笑んでくれてる。  愛、っていうとなんか大げさだけど。  飯山君に片思い中の身としては、そういうことにしておきたい。  両思いなら、モンスーン気候どころか太陽プロミネンスくらいまでは一気にいけるんだけどなー。  なりたいなー、両思い。ていうか、飯山君の彼女になりたい。  い、いかんいかん。  今日はちゃっちゃと仕事片付けて、一分一秒でも早く帰らなければ身が持たない。  その後も、やっぱり今日はやばかった。  エレベーターで「閉」を押されてドアに挟まれたり、社食の期間限定メニューが恐ろしく不味かったり、プリンタが用紙切れの上にインク切れだったり、何度も何度も同じ単語でタイプミスしたり、ドロップの缶に「チョコ味」しか残ってなかったり……。  というかすでに、普段はどうでもいい領域の出来事まで不運に感じてるんだろうな。  今日は必要最低限の業務だけやって、たねむーの毒矢のような視線も交わし早々に会社を飛び出した。  明日の自分にごめんとは思うけど、今日の余暇時間は全部捨てて明日に捧げるから許してほしい。  なんとか五体満足を保って、最寄駅までたどり着くことができた。  改札を出ると、踏み切りの向こうから賑々しい音が聞こえてくる。  それは派手な和装コスに大小の太鼓や金属製の打楽器を担いで歩く、三人組。――いわゆる「チンドン屋」だった。
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