前世へ

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突如として、それは訪れた。 僕の肩に生身だと思いたい人間の手が、背後から乗ったのだ。冷めた人間だと言われ続けてきた僕が、『悲鳴』というものをあげ、そして生まれて初めて腰を抜かすという情けない格好になった。 「お前、大丈夫か」 尻餅をつきわなわなと震え立ち上がることのできない僕を、一回り違う上司が唖然と見下ろしていた。 「……びっくりしたじゃないですか」 僕が冷静にそう呟くと、上司は大声を出して笑った。 背後に薄気味悪い気配を感じることは、オカルト好きでは良くあることだ。特に僕のようなオカルト雑誌の編集部で働きそういったものに関わっているような人間であれば、毎日奇妙な体験をしていてもおかしくない。やはり、実際に霊という存在は必ずいて、心霊スポットに気軽に行くと憑いてくるらしい。 しかし、その気配のせいで危険が降り掛かってくることは滅多にない。何故なら、僕が自ら危険度が高い場所に取材にいくことはないからである。 僕はそもそもオカルト好きではない。たまたま内定を頂いたから就職してしまっただけで、こんな陰気な職業に就きたいと思っていたわけではない。 でも、そんなことも今日で終わりだ。 僕以外のオカルト好きがやってきた3年前に始まった連載企画である『必ず危険が起こる心霊スポット巡り』の担当が、ついに自分に巡ってきてしまった。 「僕はやらないって言ったじゃないですか」 「人がいないんだからしょうがないだろう」 どうやら担当していた部下が、ある日階段から足を滑らせて転がり落ち、足を骨折、肋骨にヒビが入って入院したらしい。それはまさに霊の仕業じゃないですか、と言いたかった。しかし、あまりにも上司が笑いながら話すもんだから呆気にとられた。その部下の心配など微塵もしていないようだった。 「じゃあ、お願いね。あ、君のデスクに次の取材スポットの資料、置いておいたから」 そう。僕の肩に乗った人間の手は上司のもの。 それは、危険な連載企画の担当が僕に巡ってきた合図だった。
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