レンズは無機質なので………保の場合

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彼は怒っているわけではない。 腹立たしさはあるけれど。 なのでつい歩幅が大きくなり、歩調が荒々しくなる。 ただし、彼をよく知らない人間が彼を見ても怒っているかどうかなぞわからない。 茶色っぽく反射する細長いレンズが彼の表情を消してしまうから。 一部では『眼鏡をかけた鉄面皮』と言われるほど。 なのに彼が担当する作家達はウーマンラブの女流ばかり。 作家側からの指名も多い。何故?理由は単純。 編集者も営業職。眼鏡をとれば……。 「よお、今上がりか?」 乱暴にバッグをデスクに放り投げた保に隣のデスクでワークチェアの背に踏ん反り返った誠が声を掛ける。 思わずぎらりと睨みつけ、 「ああ、やっと貰えた」 ドスの効いた声か眼鏡越しのガンタレの方か、とにかく誠はびびったようだ。 ガタイのいい男がびくつくのを見るのは気分がいい。 胃の上辺りからムラッと走る快感。または衝動。 「よかったねー、正月は家にいられるじゃないか」 気を取り直して誠が労う。 ふん、今年は別に年越し仕事でもよかったがな。 思いっきりワークチェアを引き、どっかりと腰を下ろす。 上がったばかりの原稿をかばんから引き出し、からっぽになったそれは後ろに放り投げた。 「いやん、乱暴ね」 誠のちゃちゃが入るが無視。 原稿をチェックしながら、つい1時間ほど前までの肉弾戦を思い返す。 (クソアマ。好き放題してくれやがって) 奥歯をギリイと噛み締める。
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