第一章 猿面の少年

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”ブルン!!” 錫杖(しゃくじょう)が勢いよく早朝の冷気を切り裂く。 (しゃくじょう…修行僧などが携帯する170cm程の鉄製の棒。頭部に6個の環がついている) 黒い修行着をまとった若き僧。 汗を飛び散らせながら迫りくる軌道を外すために身を屈める。低い姿勢のまま右脚を大きく踏み出す。 錫杖を振り抜いた反動で対する老僧の左脇腹に隙が生まれた。その脇を目掛けて半身に持った錫杖を横薙(よこな)ぎに払う。 『後ろに跳んで上から』 老僧はひらりと回転しながら後ろに飛び退き横薙ぎをかわす。 錫杖を上段に構え若い僧の頭上から打ち下ろす。 が、既に上段攻撃に応じるよう構えられた錫杖に軌道を逸らされ何もない空(くう)に流される。 その読みの的確さ、対応の速さ、いや早すぎる対応に感嘆しながら老僧は、腹にうちつけられた拳の痛みを耐えた。 「…くっ…一本!そこまで!」 互いが錫杖の構えを解き、向き合って合掌しながら礼を交わす。 『…ハァ…ハァ…使っちゃった…』 荒い息を肩で整える若い僧は、勝ったとはいえその表情は冴えない。 それまでに5連敗していたうえに、最後の一本は自ら禁じ手としていた「力」を使ったのだ。 ……… 「もう1度だ!もう1度!なあ!葦名!!」 舟木葦名(ふなきあしな)は付きまとう祖父をかわしながら高校への準備を整える。 「じいちゃん、もう遅刻しちゃうから!」 最後に完璧に取られた一本が余程悔しかったのか、祖父の光義(みつよし)は執拗に再戦をせがむ。 新学年の初日だ。遅刻したくないし、新しいクラス編成が気になる。 剣道の竹刀と防具が詰まったバッグを担ぎあげる。 新入生に向けての部活紹介が午後に予定されているのだ。 葦名はおむすびを一つほおばると都電の駅目掛けて駆けだした。
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