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「えー、再来週の保護者向けの安全講習会のプリントは配んなったでしょうか」
職員会議に出席している教師全員が手を挙げたので、野々宮も一応、挙げた。教頭から指示のあったプリントは、昨日四年生全員、十二人に配布した。しかし野々宮は自分の配っているプリントの内容が理解できなかった。手元に残っている一枚をちらりと見返した。
保護者各位殿
安全講習会のおしらせ
新緑の候、水に接する機会の増える時期となってまいりました。
つきましては、以下の日時場所におきまして、保護者向けに水の事故、河童の被害を中心に安全講習会を執り行う予定です。
ふるってご参加ください。
日時:五月三十日(日) 十三時より
場所:体育館
講師:方丈清澄 養護教諭
内容:講師による講演、対河童訓練
所要時間:二時間程度
『水の事故はともかくとして……』
教頭の話は歯の検診のことに移っていた。
「あの、かっぱって、なんですか?」
会議が終わって、野々宮は隣に座る三年の担任の蓮華に話しかけた。
「何って、河童は河童だん。お前河童しらんのけ?」
新任の野々宮にとって、一つ年上の蓮華は話しかけやすい先輩だ。この地では河童と呼ぶモノが何かあるのだろう。生粋の地元民である蓮華に聞けば分かるだろうとあたりをつけたのだが。
「レインコートじゃないですよね?」
「そっちじゃのーて、河の童って書く方だん。ほんに知らんのけ?」
蓮華は猫のように大きく吊り上っている目を訝しそうに細めた。まるで常識しらずと言わんばかりの口ぶりだ。
「そりゃまぁ、河童は知ってますけど、何のことですか?」
「だけぇ、河童は河童だって言っとるが」
「どういう意味なんですか?」
「そっからかいや。だけぇな……」
蓮華は持っていたボールペンの尻を神経質そうに振って、横目で天井の隅を見つめていたが、いちから説明するのが面倒くさくなったらしい。
「来週児童向けの講習会があっだら?子どもらと一緒に方丈せんせぇの話聞いとけぇや」
一方的に会話を打ち切って、席を立った。
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