第四章 草部一族編 新たな刺客

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第四章 草部一族編 新たな刺客

目が覚めた。 ここは・・・ ベットの上、きちんと寝間着を着ている。 白を基調とした無機質な部屋。 どこだ? 体を起こした視線の先に扉が見える。 扉の向こうから話し声が聞こえる。 この声は・・・ 黒川さんだ! 思い出した。 ここは新しく拠点としたホテルの最上階。 スイートルームの中の一室だ。 急いで起き上がり扉を開ける。 「よお。目が覚めたのか。」 スイートルームのリビングフロア、だだっ広い場所に3人の姿がある。 黒川さん、美嶋さん、野口だ。 そういえば天道はどうなった? あの後どうなったんだろう? 「黒川さん!天道は・・・天道はどうなりました?」 「は?倒したんじゃないのか?」 「いえ・・・倒してません・・・」 「なんだと?じゃあ奴は・・・」 「多分無事に・・・僕と同じ場所に居たはずなんですが・・・」 「俺は倒れているお前を回収しただけだ。天道の姿は無かったぞ。俺はてっきり・・・」 「すみません・・・討ち漏らしたのは僕のミスです。急いで奴を探しましょう。」 俺は体の疲れもよそに、急いで部屋を出ようとする。 「隼人君!」 焦りを見せている俺を美嶋さんが呼び止める。 「急ぐ必要はありません。私たちの呪いはもう解かれています。もしかしたら呪いは天道からではなく、黒川君たちが戦った神樹葉とやらが仕掛けていたのかもしれません。」 「あ・・・そうですか・・・」 どうやら大丈夫なようだ。 安心したせいか、どっと疲れが押し寄せる。 「討ち漏らしたって・・・まさか杉原が・・・負けたのか?」 「いえ、怜は天道を圧倒していました。決して負けたりしていません。」 「じゃあ何で・・・?」 「存在が・・・消えてしまいました・・・」 「存在が消えた?」 「そうですね・・・もともと怜は死んでいて、霊体だけで僕の中に居た感じなんです。いろいろと抗ってはみたのですが・・・結局はダメでした。」 「そうか・・・逝っちまったのか・・・」 「はい・・・申し訳ありません・・・」 「何で坊ちゃんが謝る?坊ちゃんのことだ、全力は尽くしたんだろ?」 「ええ・・・まあ・・・」 「じゃあ仕方ない。それにあいつのことだ。またひょっこり別の姿で現れる気がする。」 「はは・・・そうですね・・・」 正直、そんな気はしない。 怜は完全に死後の世界に旅立った。完全に死んだんだ。 怜の居ない違和感と寂しさが、疲れ切った心に追い打ちをかける。 苦しくて息ができない。 体が・・・顔が・・・急激に熱くなってくる。 何とか別のことを考えなければ・・・ 圧し潰されてしまう。 香蓮さんと鈴ちゃんは? 無事だったのだろうか? 「黒川さん!香蓮さんと鈴ちゃんは!?」 「お?おお・・・霞の方は無事だ。今は治癒結界の中で休んでいる。嬢ちゃんの方は・・・行方不明だ。」 「行方不明!?」 そんな・・・鈴ちゃんまで・・・ いや、誰も死を確認した訳じゃない。 ただ鈴ちゃんのことだ。元気ならばすぐにここに戻ってくるはず。 何かあったのは間違いない。 「まずは鈴ちゃんを探しましょう!野口!鈴ちゃんの・・・すず・・・ちゃ・・・」 あれ?上手く言葉が出ない。 何か喉に詰まっている感じだ。 「鷹村・・・お前・・・」 「坊ちゃん・・・」 あれ?・・・あれ?・・・ 目の前の景色が歪む・・・ ぽたぽたと何かが落ちる。・・・・涙? 泣いているつもりは無い。 けど何故か涙が止まらない。 声を出したい。 けど喉の奥が詰まって声が出ない。 「坊ちゃん・・・無理するな。今はしばらく休め。」 いや、無理なんかしてない。俺は大丈夫だ。 「・・・大丈夫・・・大丈夫ですから!」 「隼人君、焦る気持ちは分かりますが今は休んだ方が良い。」 いや・・・俺は・・・ 「貴方の心の傷はかなり深刻のようです。 戦闘には健康が大事。それは分かりますね? 体と同じく、心の健康も不可欠ですよ。」 「そういうことだ。言っちゃあ悪いがそんな状態で一緒に戦われたら迷惑だ。」 「黒川君、言い過ぎですよ。」 「ああ・・・すまん。」 「隼人君、完全に回復することは不可能かもしれませんが、今は少なくとも戦える状態ではありません。分かりますね。」 戦える状態ではない・・・か。 確かにそうかもしれない。 ここは素直に従おう。 「すみません・・・少し休みます。」 「そうしてください。」 とぼとぼと歩き、自室に戻る。 部屋に入って扉を閉める。 抑えていた嗚咽がいよいよ限界を迎えた。 -おうえぇ!おうえぇ!・・・・- 隣の部屋を気にする余裕もなく、嗚咽を吐き散らす。 泣き声とも叫び声ともとらえられない声を、部屋中に撒き散らす。 枕に顔をうずめ、枕と顔をグシャグシャにしながら延々と泣き喚いた。 -・- どれくらい経ったのだろう。 どうやら泣き疲れて眠ってしまったようだ。 ベットに横になりながらうっすらと目を開ける。 誰の話し声もしない。 既に暗い部屋の中で静寂だけが流れる。 『やあ。』 どこからともなく声がする。 「誰?」 『誰って・・・太郎丸さ。』 「え?太郎丸?太郎丸って・・・怜?」 『いや、ボクは正真正銘の太郎丸さ。』 「けど実際に太郎丸は居なくて、実は怜で・・・」 『いや、キミの記憶の中に居たはずさ。ボクは杉原怜がキミの記憶から作り出した思念体。正真正銘の太郎丸だよ。』 「太郎丸?」 『そうさ。杉原怜が、自分が居なくなったときにキミが寂しくないようにってボクを残しておいたんだよ。』 「怜が・・・俺に?」 『そうだよ。ボクは杉原怜の記憶を全て持ってるから、おしゃべりならできるよ。霊力は全く無いけど。』 「あは。太郎丸!太郎丸!」 『ん?なんだい?』 「いや、呼んでみただけ。 太郎丸の存在が凄く嬉しくて・・・」 『そうか、それはよかった。少しは元気になったみたいだね。けど隼人、ちょっと弱り過ぎだよ。杉原怜が見たら残念に思うだろうね。』 「え?怜が・・・残念に?」 『うん。ボクには杉原怜の記憶があるからね。まず間違いないよ。もう少ししっかりしないと。』 「そうだね。怜にはこんな姿、見せられないもんね。」 『そうだよ。次に杉原怜に会うときにはもっと男らしくなってないと。』 「んだね。・・・ねえ太郎丸。」 『ん?なんだい?』 「怜は本当に会いに来てくれるかな?」 『ああ、あの杉原怜が約束したんだ。まず間違いなく会いに来るだろうね。』 「そっか・・・そうだよね。・・・それっていつ頃だろ?」 『ああ、それね。正直死後の世界に時間の経過は無いはずだから、会いに来ることに成功したら今この瞬間にでも会いに来れるはずなんだよ。』 「え?じゃあ何でまだ会いに来ないの?」 『彼女の性格を考えなよ。弱ったキミをわざわざ見に来ると思うかい?きっと彼女が選ぶタイミングはキミが立派になった時だよ。』 「そっか。確かにそうだよね。じゃあ俺が怜に会いたければ俺自身が立派になれば良いって事だね。」 『そうだと思うよ。』 何か頑張るように言いくるめられた感は否めないが。 けど間違いなくやる気は出てきた。 湧き上がる元気がここにある。 太郎丸の存在が、怜に会えるという希望が、俺にこの上ない力を与えてくれている。 「じゃあ明日から頑張るぞ!今は兎に角寝る!」 『あは、今からじゃないんだ(笑)』 「ちと疲れているからね。ちゃんと体を休めるよ。んじゃおやすみ!」 『ああ、それがいい。おやすみ。』 忘れていた疲れが、心地よい疲れに変わって俺を眠りへと誘った。 -・- 朝になった。 明るい日差しが部屋に差し込んでいる。 漲る元気がここにある。 「おはよう。太郎丸。」 『うん。おはよう。』 太郎丸の存在に、心が躍る。 「おはようございます!」 元気よく部屋を出る。 広いリビングフロアの所々に3つのふとん。 見ると黒川さん、美嶋さん、野口だ。 そういえば彼らには個別の部屋は無かった。 対草部家のことばかり考えていて、そこまで気がまわってなかった。 色々と不便をかけているに違いない。 替えの衣服や日用品などもかなり増えてきている。 食事だって各自ルームサービス。 俺は懐に余裕があるからそれでも良いけど、全員がそうとは限らない。 特に野口の懐が心配だ。 対草部家のことも一旦落ち着いたことだし、仲間である彼らが安心して過ごせる場所を準備するべきだと思う。 「ああ・・・おはよう。」 「おお、鷹村。」 「おはようございます。」 各自目を覚ました。 まだ7時前だ。 少し起こすのは早かったのかもしれない。 「・・・大丈夫なのか?」 「大丈夫です!」 「カラ元気じゃ無いようだが・・・病んでる可能性はあるな。」 昨日の今日なので信じてもらえないのは分かる。 けど。 「怜からの素敵な贈り物が届いたんです。 それは本当に嬉しいもので。 僕を本当に、一気に元気にしてくれました。」 「杉原からの贈り物か。それはよかったな。」 「はい。」 それ以上特に追及されることなく、皆それぞれ朝の準備を始めた。 三者三様、みんなそれぞれ動きが違う。 黒川さんだけ、相変わらず朝から元気が良い。 黒川さんも結構なダメージ量があったはずなんだが。 準備が一段落したところで提案を投げかける。 「皆さんちょっと聞いてください。そろそろちゃんとした拠点を構えたいと思ってます。ずっとホテル暮らしは正直しんどい。」 「ああ?いきなり何だ?」 「私もそれをずっと考えていました。 ここではそれぞれ余計に費用が掛かるしプライベートも無い。 そこで私からの提案なんですが・・・」 美嶋さんの案か。 元エデンのナンバーワン。 良い案を持っている可能性が高い。 「エデンの本部に幹部たちが使っていた良い宿舎があります。そこを使いませんか?」 エデンの本部? あまり良い印象は無い。 「エデンも瓦解したとは言え、まだ細々と活動しているメンバーもいます。私は正直その人たちも気がかりで。」 「(太郎丸!)」 『ん?良いんじゃない?とりあえずそこで。ずっと住まないといけない訳じゃないし。』 そうだな。 あそこは立地も良いし、空間魔法を施してあるから拠点としては悪くない。 ただエデンの施設ということだけが・・・ まあとりあえずという事で。 「じゃああくまでとりあえずで。お願いします。」 「貴方たちが良い印象を持っていないのは分かっています。これからその印象を払拭できれば良いんですが。」 黒川さんや野口から反対の意見は無い。 とりあえずそれで決まりだ。 「多分賄はまだ機能していると思います。滋養の効いた食事もご準備できるかと思います。」 正直それはありがたい。 特に野口にとって。 「香蓮さんの具合はどうですか?」 「ああ、まだもう少しかかりそうだ。」 移動は香蓮さんがある程度回復してからになるだろう。 今はとりあえず鈴ちゃんの捜索だ。 「黒川さん。これから僕と皇居へ行きましょう。鈴ちゃんの痕跡を探します。天道の行方も気になるし。」 「お?おお。」 準備をするために自室に戻る。 -チン!- エレベーターが到着した音がした。 ルームサービスなど、誰かが来た時にいつもなる音だ。 「お前は!」 リビングから大きな声がする。 どうも様子がおかしい。 急いで部屋を出る。 3人が臨戦態勢で身構えている。 その視線の先には・・・ 今一番対峙したくない相手。 草部天道だ! ここはスイートルーム。 誰かの許可が無ければ部屋は愚か、エレベーターにすら乗れないはずだ。 ただ奴も能力者。 その辺に驚きはない。 ただ奴自ら目の前に現れたことに驚いている。 「何しに来た!」 天道から殺気は感じない。 纏う霊力も、今はとても弱々しい。 「(太郎丸!)」 『ゴメン、ボクに霊能力は無いから、正直何も分からない』 そっか。そういえばそうだった。 「突然の訪問すまない。争いに来たわけではない。信じてくれ。」 彼の様子から嘘ではない事は分かる。 ただここに来る理由、何かあるのか? 「まずはこれだ。」 天道が差し出したのは大きな手提げ袋。 俺が歩み出て受け取る。 中に見えるのは短剣や杖、手甲・・・ これは・・・奪われていた神器だ。 「本来の持ち主に返すべきだと思って。正直霊力の抽出が難しかったのもあるが。」 「どういうことだ?」 「もう争う気はない。敵意が無いことを証明したい。」 神器から溢れ出てくる霊力。間違いなく本物の神器。 敵意が無いのは確かなようだ。 「それにお前からの質問に答えていない。」 「質問?」 「何故立っていられるのかと。答えがある訳じゃない。ただ答えるべきだと思った。」 それか・・・ 今はもう大丈夫なのだが。 答えてくれると言うのなら、聞くのも悪くないだろう。 「わざわざありがとう。聞かせて欲しい。」 「ああ。」 黒川さんも美嶋さんも野口も、皆呆気にとられている。 とりあえず全員を見て、大丈夫だと頷いてみせる。 改めて天道に向き直る。 「まず俺は立ってなどいない。立っているものとは自分の意志を持つもののことだ。」 『何か言ってることがつまらないね。そんなこと言いにここに来たの?』 「(しっ!とりあえず聞いてみよう。)」 「ただ突き動かすものはある。義務だ。皆が命を賭して守ってきた結界を守る義務。」 「義務か・・・それは立派なことだ。」 黒川さんから少しだけ殺気が漏れている。 気持ちは分からないでもないが・・・ 「立派?・・・まあいい。その義務も、お前たちに敗北したおかげで無くなった。結界自体もかなり損傷している。」 「義務が無くなった?」 「ああ。あれだけの失態だ。失墜は免れない。俺自身天道様を失い、戦う術を失っている。」 「じゃああの結界は?これからどうなるんだ?」 「別の草部家が後を継ぐ。以前にも同じことがあった。まず間違いない。」 別の草部家? あんな能力者が他にもいるのか? 既に対立している状況。 衝突は避けられないだろう。 正直面倒だ。 「で?それを俺たちに伝えてどうしろと?」 「もしお前たちが草部家を潰すつもりなら、サポートさせてもらいたい。」 「は?どういうことだ?」 「それが俺の意志だからだ。俺も本当に立ちたい。自分の意志で立ち上がりたい。」 「お前の意志?草部家を潰すことがか?」 「正確には違う。ただ俺は未来を変えたい。自分の意志で変えていきたい。過去はもう・・・変えられないから。」 「そうか。言いたいことは分かった。俺たちも再び草部家と衝突することになるだろう。俺たちにとっても悪い話じゃない。」 「すまない。・・・いや・・・ありがとう。俺のサポートが必要になったらいつでも呼んでくれ。」 「ああ。」 こうして俺と天道は連絡先を交換した。 「お前はこれからどうするんだ?」 「とりあえず叔父に会いに行く。以前俺と同じように力を失い失墜した叔父に。いろいろと聞いてみたいこともあるし。」 草部家もいろいろとあるようだ。 ただ敵対するなら潰すまでだ。 改めて見ると、力を失った天道はとても弱々しい。 ただ眼に宿る意志は、前より強くなった気がする。 高まる黒川さんの殺気をよそに、天道は帰っていった。 天道は黒川さんの殺気も当然と受け入れていたように見えた。 とりあえず、鈴ちゃんの捜索が最優先だ。 黒川さんには気持ちを切り替えて貰わなければ。 「野口、鈴ちゃんの霊力の痕跡は追える?」 「霊気は登録してあるから随時追えるはずなんだが・・・全く反応は無い。戦闘中の動きもデータとして残ってはいるけど。最後は同じ場所で消えたり戻ったりして。相手の霊力も同じように消えたり戻ったり。相手の霊力も消えたままだ。双方弱ってはなかったから、突発的に何かが起こった可能性は高い。」 「じゃあその場所分かる?」 「ああ、お前の携帯に送ってやるよ。」 メールで地図が送られてきた。 クリックするとGPSと連動しているらしく、ルートまで案内してくれている。 霊力も追えるなんて・・・大したシステムだ。 「よし!黒川さん、とりあえずこの場所に行ってみましょう。」 「お・・・おお。」 とりあえず黒川さんと皇居に向かった。 -・- 目的の場所に着いた。 特に敵からの攻撃は無い。 流石に草部家の引継ぎも終わってないだろう。 何も無い。本当に戦った痕跡すら残っていない。 「黒川さん、何か分かる?」 「いや・・・全くだ。」 次元の歪みも霊力の乱れも感じられない。 どうやら不発のようだ。 何の収穫も無いまま、皇居を後にする。 帰る道すがら、不意に殺気を感じた。 敵か? 「くろかわぁ!!」 「ああ!?」 「黒川さん、ああ?は無いでしょう、ああ?は(笑)」 「あ?俺の名前を呼び捨てにする奴に碌な奴は居ねえ。」 「まあ確かにそうですけど・・・」 小さな殺気を放っている姿が目の前に立っている。 背はまあまああるものの、見た目が幼い。 年の頃は中学生か、もう少し上ぐらいか。 彼にはちょっとサイズが大きめの白のロングコートを着ている。 「覚悟!」 間髪入れず攻撃を放ってきた。 冷気だ。 ただすごく弱い。 俺達にとってはそよ風のようだ。 意に介す必要は無い。 全く通用していないのが分かっていないのか、殺気が収まる様子は無い。 「誰なの?」 「誰って・・・お前に潰されたアシードのメンバー、松岡護狼だ!忘れたとは言わせない!」 「アシード?ゴロウ・・・え?もしかして・・・ゴロウくんなの?」 「え?・・・誰?」 ようやく殺気が収まった。 一安心と言ったところか。 「俺だよ。鷹村隼人。」 「隼人?隼人の兄ちゃん?」 「そうだよ。」 「え?じゃあ何で黒川と一緒にいるの?」 「あ・・・ああ、今は仲間というか何というか・・・」 「え?黒川に味方してるの?」 「味方しているって言うより・・・その・・・」 「部下だ。」 「そう、今は僕のチームのメンバーなんだよ。だから攻撃してもらったら困る。」 「けど・・・」 「何か強い怨みを持っているようだけど・・・ 今のゴロウくんの力じゃ全く歯が立たないよ。」 「・・・そんなはずは・・・凄く修行して・・・」 「そうなの?じゃあ黒川さんに全力で攻撃をぶつけてみるといい。 抵抗はしないから。良いですよね?黒川さん。」 「あ?・・・ああ。」 「そういう事だから、全力で霊力を高めてみて。」 「え・・・あ・・・はい・・・」 護狼くんは戸惑いながらも体制を整え身構えた。 霊力を高めてみせる。 やはり・・・とても弱い。 センスはまあまあ良いようだが。 「それが限界?」 霊力が上がっていかない。 どうやらこれが限界のようだ。 「じゃあ黒川さんにぶつけてごらん。」 -バシュン!- 想定した通り。 黒川さんの霊圧に、弱い霊力は途中で霧散して届かない。 「そんな・・・」 「今の君じゃあ、黒川さんが例え寝てても殺すのは無理だ。」 「けど・・・けど僕は諦めるわけにはいかない!」 意固地だなあ・・・ 「何で?」 「こいつが、僕の父の敵でもあるって聞いたから・・・」 「君のお父さん?」 「僕の父はエデンの副長、松岡昇です。」 「えっ!?」 「なんだと!?」 不意の告白に、俺も黒川さんも戸惑いを隠せない。 護狼君が松岡副長の息子だなんて。 兎に角、説得しないと。 「護狼君、それはお門違いだよ。松岡副長も黒川さんもお互いに正義があって、正義と正義がぶつかり合ってのことだ。お互い死を覚悟の上でね。松岡副長も復讐なんて望んではいない。」 「けど・・・げど・・・」 まだ収まりがつかないらしい。 「・・・なんだい?」 「こいつはテツさんやアキナさんを一方的に殺した。後藤さんだって・・・」 「そうだね。それには黒川さんに非があるね。」 「おい!」 何か言いたげな黒川さんを、手をかざして制する。 今は護狼君の説得が最優先だ。 「復讐するなって言ってるんじゃない。今はその時じゃない。もっと強くなってから挑めって言ってる。分からない?」 護狼君は俯いて押し黙っている。 何とかなりそうだ。 「隼人さんは・・・隼人さんは父の最期を見たんですか?」 「ああ、見たよ。その場に居たからね。」 「父は・・・父はどうでした?」 「最期まで勇敢に戦ったよ。そしてとても強かった。黒川さんが勝てたのは時の運ってのもあると思うし。」 「おっ・・・」 また何か言いたげにしている黒川さんを、今度は強い視線を向けて制する。 「そうですか・・・父は・・・父はとても強かったんですね。」 「そうだよ。そうだ護狼君!良いものを見せてあげよう。」 -シャキン!- 素体霊気を使って松岡副長の必殺技、フリージングエリアをやってみせる。 3人を取り囲む空間が瞬時に冷気で凍る。 「・・・これは?」 「どう?思うように動けないでしょ?君のお父さんの必殺技だよ。この中で術者であるお父さんは自在に動けたんだ。本家のお父さんの方がもっと凄かったけどね。」 最後は誇張だ。 今の俺の方が松岡副長より術の精度は格段に高い。 けど今はこれで良い。 「そんなお父さんも黒川さんには敵わなかった。少なくとも護狼君はお父さんより強くならないと。」 「・・・はい。ありがとうございます。」 どうやら説得に成功したようだ。 「俺は今すぐ相手してやってもいいぞ。」 「黒川さん!」 「あ・・・悪ぃ・・・」 本当に困った人だ・・・ 「そうだ護狼君、君に良いものをあげよう。」 とりあえず俺は、護狼君を連れて拠点まで戻ることにした。 -・- 俺、黒川さん、護狼君の3人で拠点に戻った。 「おや、その子は?」 「松岡副長のご子息です。」 「松岡・・・ああ!あの!・・・そうですか!これはこれは!」 美嶋さんは心なしか嬉しそうだ。 「野口、神器は?」 「え?あ・・・ああ。」 野口から神器の入った袋を受け取る。 袋の中から冷気の神器、手袋を取り出す。 「これを君に。」 「・・・これは?」 「冷気の神器だよ。君の能力を高めてくれる。まずはそれを使いこなせるようになることだね。」 「ありがとうございます。」 「じゃあまた。いつでも遊びにおいで。」 というのは嘘だ。正直煩わしい。 この拠点ももうすぐ引き払うし。 ただ護狼君は俯いたまま動こうとしない。 「ん?どうした?」 「・・・隼人さん、僕、皆さんと一緒に居たらダメですか?」 「え?家は?お母さんは?」 「母は物心ついたときにはもう・・・僕に帰る場所なんてありません。」 「そっか・・・」 「それに僕には父の遺産があります!迷惑はかけません!」 「んーーー・・・そうだね・・・」 「あと黒川!・・・さんがどんな人なのか、近くでじっくり見てみたいし。」 あー、それはあまりお勧めできない。 「良いんじゃないでしょうか?本部の宿舎に彼の部屋も準備しますよ。」 まあ美嶋さんはそう言うと思った。 断る理由が見つからない。 半分は美嶋さんのせいだ。 「いいよ。暫く一緒に行動しよう。」 「あ!ありがとうございます!」 こうして松岡副長のご子息、護狼君が新たなメンバーに加わった。
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