いつかふたりは夏の風になる

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            1  コンビニでビニール傘を買う余裕はなかった。ピンク色のキャラクター財布には数枚の百円硬貨があったけれども、そのわずかな金額で二日分の昼食代を捻出しなければならないからだ。  灰色の雲が重くのしかかるように垂れていた。  冷たい霙が、場末のライブハウスの屋根を叩いている。  すでに三月だが、地方都市に訪れる春は遅い。南から昇って来る桜前線の話題も、この町では絵空事だった。  季節の中でいちばんすごしやすいのは初夏だというクラスメートがいて、絵梨もそうかもしれないなと思ったことがあった。雪にもなならない中途半端な霙は、服を濡らすと本当に始末に困る。冷たい滴が肌まで沁み込んで、体の芯から寒くなってしまう。初夏の雨ならもっとすがすがしい気持ちになるだろうと思えたからだ。  ライブハウスの庇の下。  驟雨にも似た霙を凌ぐにはとりあえずそこしかなかった。    誰もがそうするように、絵梨はスマートフォンの画面をのぞいた。アダルトサイトのレスを確認するためだった。  最近は警察の囮捜査もあって、客がすぐに引っかからない。補導係にパクられた仲間もいた。その子とは情報共有しているだけだったが、警察の捜査の手が伸びる前に削除アプリを使って証拠隠滅をしたから大丈夫だと思っている。捜査が及んだらその時のことだ。  絵梨は暗い空を見上げた。  霙の勢いは強くなっていた。凍てついた北風が制服のスカートを揺らした。スカートの下にはジャージをはいているから、いくぶんかの寒さはしのげる。それにこの格好の方が信憑性があって、男たちがなんの躊躇いもなく品物を買ってくれる。  絵梨は細い指先でスマートフォンを操作した。  レスはまだない。いつもなら三件くらいあるのだが。その中から自分の条件に合うものをチョイスして応談すればよかった。約束の場所、駅の改札口や商業施設などに出向き、モノを渡し金を受け取る。それだけだ。なかには関係を要求してくる男もいるが怖いので応じない。しかしそれもいつまで続くか自信はない。  その時がくれば法外な金額をふっかけてやろうとも考えている。  視線をふたたび空に投げた。  まもなく日が暮れる。  急に空腹を覚えた。
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