お供え物

2/3
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
 神頼みをしたいことなんて特にないから、俺が祠の石仏に何かをお供えすることはないだろう。  あの時は本当にそう思っていた。でも、今は・・・。  祠の噂を知っておよそ一年。その間に俺の生活は急変した。  ある日突然激しい腹の痛みに見舞われ、医者に行ったところ、癌に蝕まれていることが判明した。  これまで痛んだことなどなかったのに、とんでもない速さで癌細胞は転移しており、回復は絶望的だと聞かされた。  程なく余命宣告を受け、治療のために会社を辞めた。でも、余命宣告までされているのに治療など考えられず、俺は虚しく日々を過ごすしかできなかった。  どうせもう死ぬんだ。辛い思いをしてまで治療などする気にはなれない。  そう思うと、薬を貰いに病院へ足を運ぶことすら煩わしく、俺は痛みと悩みをごまかすために酒に走った。  そんな荒れた生活の中、かつての同僚から連絡があった。  会うつもりはなかったが、押し切られる形で対面し、好きなだけ聞いてやるから愚痴れと言われて、飲みながら散々管を巻いた。それに同僚は快く付き合ってくれ、二人で散々酒を飲み、いつしか意識が遠くなった。  目が覚めたのは真夜中だった。  最近飲み続けているせいか、同じくらいの量を飲んだのに、俺だけ早々に醒めてしまったらしい。  眠る相手をじっと見る。するとどうしようもない口惜しさが込み上げた。  歳は変わらないのに相手は健康で、まだまだ将来に希望がある。でも俺の人生はもう終わりだ。  愚痴に散々同情してくれたが、それは自分が健康だからこそ吐ける言葉だ。上からの慈悲だ。  死にたくない。俺だってもっともっと生き続けたい。それが叶うなら何をしても・・・。  ふと、あの祠のことを思い出した。  高価そうなネックレスと引き換えに玉の輿に乗った女。俺も祠に何かを捧げれば、もしかしたら病気が治るのではないか。  でも、遠目から見ても高そうなネックレスの対価が玉の輿なのだ。死にかけの人間の病気を治すためにはいったいどれ程の代償が必要なのか。  元々そんなに貯金などはなかったし、全財産をはたいたところで、余命宣告をされた程の病気が治るとは思えない。  でも俺は健康な身体に戻りたいんだ。生きたいんだ。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!