8月

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◇ 「耕作ー!明唯ー!起きてるかー?」 玄関で叫ぶ晴太の声で目が覚めた。 と、同時に、やってしまった、と思った。 雨戸を閉めている僕の部屋は真っ暗で、時間など分からない。 けれど、晴太が来ているということは、きっと、寝過ごしたということだろう。 慌てて飛び起きて部屋の襖を開けると、隣の部屋の襖も勢いよく開いた。 キャミソールとステテコのようなハーフパンツという、起き抜けそのままの姿の明唯と、ばっちり目が合う。 ヨレヨレのTシャツにパンツという、僕の寝起きの姿を見て、明唯も悟ったようだ。 今年も、2人揃って寝坊した。 * 一昨日の夜、泣きわめく色華さんをどうにかマンションまで送り届けた僕は、帰る途中で明唯の「ちーちゃんのところで飲んできます」というメールに気づいた。 それならば、と、千景のバーに顔を出すと、明唯はカウンターの一番奥の席でモヒートを飲んでいて、千景はいつものようにカウンターでカクテルを作っていた。 「何飲むの?」 目線だけ僕の方に寄越し、千景が問いかけた。 明唯の隣に腰掛けた僕が「ビール」と告げる前に、明唯が 「耕作は、ノンアルコールのやつでいいと思う」 と答えた。 怪訝に思って明唯の顔を見ると、明唯は唇の動きだけで 「あさって、はかまいり。 あした、しごと、かたづける」 と、電報の文面のように手短な答えを僕に告げた。 毎年、盆入りの日に墓参りに4人で出かけるのが、恒例となっている。 全員、同じ墓地に家の墓があるので、皆で参るのだ。 大切な行事だというのに、僕と明唯は、毎年、そのことを忘れ、仕事を溜め込む。 今年もすっかり忘れていた明唯は、すでに、千景にしぼられたらしい。 「あー…、フロリダがいいな。 明日は仕事を片づけないといけないから」 僕が言うと、千景は 「よかったな。文句言われる前に明唯に教えてもらえて」 といわんばかりにこちらを見てから、グラスを用意した。 レモンジュースとオレンジジュースを混ぜたフロリダは、若い頃、千景がよく作ってくれたノンアルコールのカクテルだ。 懐かしさもあり、千景の機嫌は、ほんの少し良くなったようで、 「明後日、8時に晴太が迎えにいくから、ちゃんと用意しといてよ」 と言うに留まった。
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