またね 

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雨で湿ったアスファルトにタバコの灰が落ちるのを、羽場緑は見つめていた。そのタバコを吸っていたスーツ姿の男は、慌てて携帯灰皿を取り出した。口にはタバコ、左手に傘、右手で胸ポケットを探るその姿はお世辞にも格好いいとは言えない。おまけに電話もかかってきたようで、手の数が足りていない。大変そうだな、と羽場緑は笑う。 まあ実際、他人事であるのだが。 昼下がりの喫茶店で、コーヒーが運ばれてくるのを待つ間、窓から外を眺める時間を彼女は好む。特に曇りの日は格別だ。どことなく、映画のワンシーンのように、フィルターをかけたように感じる。友人にそのことを話すと、「ああわかる、映画って予告編が一番おもしろいよね」と言っていた。くすんだかのような色合い、どことなく灰色がかったフィルター。少しだけ寂れた感じ。だから、いかにも洒落た大手チェーンの喫茶店は苦手だった。今座っているこの店も、仕事場の近くで見つけたお気に入りの穴場だ。 昨日から降り続いた大雨が今朝には小降りとなり、今はもう止んでいる。景色としては最も好む部類の風景だ。窓から見える道路には、ビニール傘と真っ黒の傘を持て余した人々が行き交っている。その中に、一本の真っ赤な傘が混じっていた。雨が降り止んだことにも気づいていないようで、その傘だけはまだ空に向けられて大きく開かれている。昨日から降り続いた大雨が今朝には小降りとなり、今はもう止んでいる。景色としては最も好む部類の風景だ。窓から見える道路には、ビニール傘と真っ黒の傘を持て余した人々が行き交っている。 その中に、一本の真っ赤な傘が混じっていた。 雨が降り止んだことにも気づいていないようで、その傘だけはまだ空に向けられて大きく開かれている。曇った景色の中で真っ赤な傘は、肥溜の中の薔薇のように目立っている。異彩を放つ真っ赤な傘は綺麗というよりは美しいと表現するのが正しいように思えた。普段よりも意識を集中させてガラスの一点を見つめてみる。傘の持ち手はとても可愛らしい5歳くらいの少女だった。親が近くにいる様子はなく、透明と黒の色彩に流されるように赤色も少しずつ動いていく。大人の歩幅の半分をゆっくり歩く彼女をみていると、そこだけ時間の感覚が違うようにも見える。「いいな、自由で」小さく小さく呟いた自分にうんざりした。
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