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しかし、幾ら頭を捻ってもそれ以上の情報が出てこない。
自分が置かれた状況が分からない挙げ句、何者かも知らないとは。
記憶喪失どころの問題じゃない。
まるでそう、話が出来る程度の男が、たった今生み出されたような。
そんな感覚だ。
『目覚め、ましたね。』
そんな事を漠然と思い、動かない私の頭の中に、突如響いた、か細い高い声。
───女の声?
『あぁ、私の声が聞こえているようですね。』
思わず、周りを見渡していた私の頭の中に、その声は安堵した様子で響いてくる。
「何者だ?ここは何処だ?私は何なんだ?」
そして、捲し立てるようにその声に問い掛けていた。
薄暗いその部屋に私以外誰もいないのは分かっている、それでも、その声の主を探して見渡していた。
『記憶が、無いのですか?』
私の問いにそう聞き返してきた声。
「聞いているのはこっちだ。記憶が無いのかなんて、私は知らない!」
そう言うと、暫しの沈黙の後、再び声が頭に響く。
───その様子では、完全に失われてしまったようですね。
───先ずはその部屋を出てください。私はそこにいます。
───質問にはそこで答えましょう。
頭から声が消えたと思った次の瞬間、私の目の前の壁に光の線が走り、ちょうど人一人が通れるほどの大きさの四角を描いた。
直後に光に飲まれるようにして壁が消え、眩い光が差し込み目が眩む。
顔を隠すように両腕を構え、数秒して眩い光が落ち着いたところで腕の隙間から覗くと、開いた壁の先にも石造りの部屋が見える。
どうすべきか一瞬戸惑ったが、進むしか無い。
私は恐る恐る、壁の先へ足を踏み入れた。
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