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1 彼女の体温
黄色い車体が、桜色を貫いてゆく。
千葉から東京方面へ向かう満員電車の中、
僕は窓際を陣取ったものの連発するくしゃみのせいで、窓の外の桜なんか拝んでいる余裕もない。
「あー……」
マスクの中に、僕が思わず漏らした鉛色のため息が、無言の車内をさらに淀ませる。
杉のせいだ。
杉の花粉が、僕を痛めつけてくる。
体力も気力も、性欲ですら奪う威力で。
涙で濡れた目元を大きく瞬かせながらなんとか耐えてはいるが、黒縁の眼鏡と大きなマスクがぶつかって呼吸も苦しい。
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