夜桜

10/10
29人が本棚に入れています
本棚に追加
/17ページ
「急ぎましょう。知られる前に、塀の外に出なくては」 悪戯っぽく笑い、誠一郎さまは私の手を引いて走り出す。 知らず、私の唇には笑みが滲んでいた。 「………誠一郎さま………」 「はい」 「ありがとうございます」 「はい?」 「私をあの場所から救いだしてくれて………」 あの籠は、苦しかった。 誰もがうっとりするほど華やかで綺羅びやかだけれど、 狭くて暗くて息苦しい、美しい牢獄。 脱け出したかった。 もうずっと昔から、いつもいつも外の世界へ出ていくことを思っていた。 でも、そんなことは許されないと、私にはこの人生しかないのだと、自分に言い聞かせてきた。 美しい鳥籠の中に閉じこもって、目を瞑って耳を塞いで、なにも考えないようにしてきた。 せめてもの慰めに、自分はこの鳥籠の中では最も高価な鳥なのだと、誰にでも買える鳥ではないのだと、ちっぽけな誇りにすがることで自分を保っていた。 卑しくて浅はかな日々を送っていた。それで良いのだと、仕方がないのだと思っていた。 それなのに……この美しい月の夜に、私のもとへ、救いの主が来てくれた。 そうして私の心を揺るがし、我に返らせ、決意を固めさせ、私をさらってくれたのだ。 「……誠一郎さま。私はこれから、貴方に尽くします。貴方のために生きていきます」 胸をいっぱいにする感謝の気持ちを伝えたくて、でも言葉が見つからなくて、私はそう囁いた。 すると誠一郎さまが振り向いて、私をじっと見つめながら「いいえ」と首を小さく横に振った。 「あなたは、あなたのために生きていくのです」 はっと息をのんだ。それから、胸が熱くなった。 「……はい」 頷いて、その大きくて温かな手を強く握り返す。 濡れたような月の光が、私たちを優しく包みこんでいた。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!