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あの夏を覚えている。
雲のない空に浮かぶ太陽は白い砂浜をより白く輝かせ、風に揺れる椰子の葉に光沢を彩っていた。
その向こうに広がる青い海と遠浅の珊瑚礁のコントラストは、この地が赤道に近い南国である事を教えてくれる。
「おかあさん、見て!」
まだ幼いその少女は、歩道のあちこちに咲いている原色絵の具そのままのハイビスカスを一輪手に取り、母親の元へ駆け寄ってくる。
薄手のワンピースから伸びる手足はここ数日の滞在で随分と焼けていて、都会からの旅行者の姿は既に現地在住の子供そのものになっていた。
「今日みつけた一番きれいなやつ!」
ベンチに腰をかけている母親に向け、少女は誇らしげにそのハイビスカスを差し出した。
まだ蕾が開いて間が経っていないそれは瑞々しい花弁を湛え、染み一つない濃緑の葉が力強く四方へ広がっている。
「雪菜は本当にお花が好きなのね。 でもあまり取っちゃうとお花さんが可哀想よ?」
娘の愛らしい仕草に、日傘の中の若い母親は柔らかな笑顔を見せた。
母親と呼ぶには若い、言葉を選ばなければ幼いとも言える笑顔。それは娘とお揃いのワンピースによく似合って可憐である。
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