第1章

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 社長はきれい好きだと思う。でも、何故そう思うかと聞かれたら「なんとなく」、としか答えられない。 「焼き長」の祥子(しょうこ)さんも、几帳面な人だと思う。  二人に共通しているのは、痩せているというところだ。  でも、むかしキャバレーのホステスだった「洗い」のみどりさんは細いけれど、きれい好きにはとても見えない。それは、みどりさんが洗う鉄板の残りカスを見れば誰にでもわかることだ。なのに、みんなからはいつも「綺麗にしてるね」、と言われていた。  みどりさんがいつも綺麗にしているのは、自分のことだ。出勤すると、まず風通し用の窓に鏡をたてかける。真珠があしらわれた、いかにも高級そうなコンパクトには、ミキモトと書いてある。それを、日に何度も覗き込むみどりさんは、今年で七十歳になるそうだ。 「いやー、今日は暑いね。三十度近くなるってさ。二枚洗っただけで汗だくだもね」  そう言って、また、みどりさんはコンパクトを覗き込んだ。汗で滲んだファンデーションを、ハンカチで丁寧に押さえ込んでいる。 「『割り』と、変わりますか?」 「いや、いいよ。あれ苦手だからさ。また、卵落として社長に怒られるのやだもんね」 「じゃあ、私、割りに戻りますね」
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