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高校から最寄りの駅へと向かうの道の途上に、開かずの踏切の類かと思うほど切り替え間隔の長い信号がある。交差点じゃなくて、単に車道を渡るための信号だから遅いのだとクラスで聞いた。まっすく帰路に着いた僕は、今日もその信号に捕まる。
信号待ちの間に向かいの歩道に目を向けると、一人の女子高生が目に入る。部活が休みの水曜日、この時間には必ず彼女はそこに居た。四車線を跨いだ先に立つ彼女は、遠目からでもその端正な顔立ちが伺える。肩口よりもさらに短く切り揃えられたショートヘアの黒髪は、彼女の凛々しい相貌によく似合っていた。彼女を見る時、僕は、可愛いと格好いい、二つの形容を頭に思い浮かべる。ボーイッシュな風貌は彼女を飾る一つの方向性でしかなく、髪を伸ばしてそれらしく着飾れば甘い印象の女の子に様変わりするのだろう。彼女が備えている美貌を僕はそんな風に捉えていた。
僕と同じ学校の夏用制服に身を包んだ彼女は、ワイシャツの上に羽織ったグレーのサマーカーディガンのポケットに手を突っ込み、車道を眺めていた。ネクタイの色から、一つ上の先輩であることがわかる。
彼女はガードレールに身を預けて行き交う車の方へと視線を投げている。昔あった事故の名残だろうーー信号機の下のガードレールはひしゃげており、彼女はその凹みを椅子がわりにするように車道側から細身の体を当てがっている。時折、紺のソックスに包まれたモデルのような細くすらりと伸びた足を時折組み替えるだけで、目線はずっと車道に向けられたままだ。その瞳が何を追っているのかを、僕は未だに知らない。それどころか、彼女の名前も、声すらも知らなかった。
高校生活が始まってから二ヶ月、ふと彼女に気づいた時から水曜日はなんとなく真っ直ぐに帰り、ここで彼女の姿を探す。もっとも、彼女はいつも曲がったガードレールに腰掛けていて、探すまでもなかったのだが。
歩行者用の信号が青に変わり、目前の駅へと向かう人の流れが動き出した。その流れに僕も遅れずに乗る。人混みの中で見え隠れする彼女をぼんやりと意識に留めながら横断歩道を渡りきり、それで今日も彼女との邂逅は終わりを告げるーーはずだった。
「いつも見てるよね」
凛と通る声。声高いんだな、と僕は声を聞いてなんとなく思う。一瞬遅れて、ガードレールに座る彼女を振り返った。僕は今、彼女の声を聞いたのだろうか。
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