桜の舞い散る木の下で…

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『私の事…忘れないでね!』 『うん…忘れないよ、ゆずちゃん』 10年前、私は自分の事も解らないまま仲良くしてくれた胤也(つぐなり)君と言う男の子と舞い散る桜を見ながら小さな約束を交わした。 勿論、その時はそんな事、知る由もなく普通に女の子側の視点だった。 でも… それはとんだお門違いだったと言う事を医師の先生から告げられた。 「君は性別不適合障害だね…」 「はい?」 「要するに心と身体は別物…つまりは心が女性で身体は男性なんだ…今迄自分の戸籍とか見た事なかったのかい?」 「知りません…親も何も言わなかったので…」 高校に進学する前、突然両親がこの精神科に行こうと言い出し、私を半ば無理矢理連れてきた、今思えばあの時、両親は真実を告げようとしたのだろう…診察を受けている私の後ろで母は哀しげに、父はがっくりと肩を落としていた姿を思い出す。 しかし、問題はその先… 両親とは違う所で、私自身が音を立てて崩れて行った、それはそう…私は自分の性別を一度も男性だと認識した事はなく女性であると認識してきた。 それが180度覆されて男性であると言われたのだから積み上げて来た今迄の15年間が音を立てて崩れて行くのは非を見るより明らかで当然心はザワつき言葉は失われてしまった、一種のショック状態へ突き落とされたのは言うまでもない。 診察帰りに見上げた桜の丘、私は運転する父親に進言して車を止めてもらった。 「少し…時間頂戴、桜の木を見たいの…大丈夫、2人が悲しむ様な事はしないから」 下ろす側の両親も気が気じゃなかったんだと思う、ここまで打ちのめされた我が子、はやまった事などしないだろうかと悩んだんじゃないかな? 車を降りた私は1人で丘を登り、桜の丘に立つ立派な桜の大木に身を寄せて目を閉じる…少し暖かな春風が吹き抜けると、まるで雪の様に桜の花弁が舞い落ち、太い幹に耳を寄せた私は真実を知ってしまった事に涙する 「何も…これじゃあ何も出来ないじゃない」 告げられた残酷な真実に抗うには泣き崩れるしかなく私はその日これでもかという程に泣きそしてこの日が私のトラウマとして行く先々を邪魔した。
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