応報

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応報

そんなある日。 コンコン。 夜間、医院の扉を叩く者があった。 誰だ、こんな時間に。 夜間診療の依頼は、受けるなと言ったはずだが。 コン、コンコン。 無視していると、なおもしつこくノックしてくる。 やれやれ、連日の収録で疲れているというのに… 思いながらも、"はい"と返事をし、戸を開ける。 「お願いします、子どもが、私の子どもが…!」 戸が開くなりその客は、手に抱いた赤ん坊を私の前に差し出した。 「おお、これは…」 それは、何とも酷い有様だった。まるで全身に火傷を負ったように赤剥けている。さながら「皮を剥かれて赤裸」だ。 気の毒に、早速穂綿で… いや待てよ。 私は今一度、親子の様子をまじまじ見た。 襤褸を纏っている母親に、同じく襤褸布で包んだ赤ん坊。母子は医療費はおろか、保険証すら持っていなさそうだ。 実は最近、穂綿の生産量が落ちてきている… あれは、整形目的のセレブ達が大金を投じてくれるものだが、彼らには、通常の医療費すら払えないだろう。 それに…この時間にこの火傷。児童虐待ではないのか?面倒ごとには関わりたくない。 私は、ある時期から、医院の規模を大きくするのを止めた。新しく人を雇うことで、穂綿の秘密を知られるのが嫌だったからだ。 穂綿は私だけのもの。 私だけが、その恩恵を受ける権利を有している。 母親に向かって私は言った。 「すまないが、他をあたってもらえないかね」 「そんな!この子は、こちらでしか直せないのよ」 「いやいや、それは違う。 うちのような小さな病院では、大掛かりな処置は無理なんだよ。 そうだ、救急車を呼んであげよう。それは大病院の仕事…」 「いいえ、この子は、”穂綿”でしか治らない」 「しつこいな、そんなもの、うちにはない!」 「あ…」 振り払った手が赤ん坊に当たり、母親の手から吹っ飛んだ。 ぎゃあああ… 刹那、悲鳴とも、叫びともつかぬ声があたりに響き渡った。 「あ、あ…」 思わず腰を抜かす私。 と、ふいに七色の煙があたりに立ち込め、私と母子の周りを包んだ。 母子の姿が、みるみるうちに筋骨隆々とした男と、白い獣の姿にかわってゆく。 腰を抜かしている私の頭に、反響するような声が響き渡った。 『全く、そなたの美しい志に胸を撃たれ、力を授けたというのに。やはり人は、身に余る力を我欲にしか使えぬものなのか』 『大国主よ、だから私は言ったのだ。あの者ではダメだと。時を待とう。きっといつか美しい魂を持つものが現れる』 『やれ、ならばお前を信じて待とうか。だがその前に』 二人が私を振り向く。 『弱き者を排し、金銀を欲する黒い魂を浄化せねば』 ぐわん。 二人の声が共鳴した。ギラリと光る4つの瞳が私を見据える。 私は、咄嗟に逃げようとしたが、金縛りにあったように身体は動かない。 ゴキッ、ゴキゴキッ。 筋骨の音を響かせて、二人が私に近づいてくる… 「ま、まて、まってくれ、そういうことなら私は…あ、あ、ああああっ」 ____ 以来、私はここにいる。 そう、ここは無限地獄。生きながらに皮を剥がされ、穂綿に包まり再生する。 破壊と再生を幾度も、未来永劫繰り返す。 穂綿に包まれる間、生前に見た日本神話を思い出す。 大黒天、大国主の尊は、優しく美しき心の持主。人の縁をつかさどる、別名黄泉の国の王。 聞かせてほしい。私は、それほどの咎を受けることをしたのだろうか。 _ さあて、そろそろ治癒したか_ 「ああ、あああああっ」 《終》
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