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ニタリと笑った青年がしゃがみこむ。手には血の滴る刃物。慌てて逃げようとした悠だったが、由紀の体が乗っているせいで起き上がることしかできない。その拍子にずるりとずれる由紀の体。
「今度は君が真っ赤だ」
「!!」
青年の言葉に、自分の体を見た悠は、真っ赤な自分のシャツを見た。その赤に染めた液体はほんの少し前まで話していた友だちの由紀の血。
「うぇぇ・・・!」
「えぇー・・吐かないでよ。あとが面倒なんだからさぁ」
吐き気を催した悠に対し、男は心配するそぶりもない。悠はこみ上げる吐き気を抑えながら、代わりとばかりに言葉を吐く。
「何で由紀を殺した!」
「そこ聞く?君殺されかけてたじゃん」
「混乱してただけ!きっと正気にもどって―」
「それはないよ」
悠の希望を断ち切るように言葉を遮って、男はきっぱりと答えた。表情は笑顔のままだ。
あまりに断定したような否定に、一瞬言葉が止まってしまったが、悠はすぐに言葉を返す。
「そんなこと、わからな―」
「だって彼女、正気だったじゃないか」
ニコニコと笑顔のまま、男は表情に合わないような淡々とした声で話した。
「確かに君から見たら、彼女の行為は異常だったかもしれない。でも、それは君の主観だろ?」
「彼女は自分にとって正しい行動を当たり前にしていた。正気だったんだよ」
「だって」
そこで言葉をきった男は、悠の目をまっすぐ見た。
「自然な表情だったじゃないか。笑顔だっただろ?」
その言葉に転がった首を見た悠。その表情は笑顔だった。悠はその表情を何度も見たことがあった。いつもの日常生活で。
(由紀は正気だった)
男の言っていた通り、由紀は当たり前のことを当たり前に行うように、悠を殺そうとしたのだ。そのことがわかり、悠は何も言えなくなってしまった。
黙ってしまった悠をどう思ったのか、いや、なんとも思っていないのか、男は悠の脚に乗っていた由紀の体をどかしてから、立ち上がった。
(うーん、どうしたもんかな。この子)
放心したようにへたり込んだ悠。男はポリポリと頭をかきながらため息を吐いた。
(この子には、恩がある。だから殺したくはないんだけど・・・)
男は殺したほうが楽なことはわかっていた。手段もある。しかし、男は悠を知っていた。だから簡単には殺せなかった。
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