同期のさくら

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 昼飯を食おうと外に出たら井上と加藤に声をかけられた。三人で近くの定食屋で食事をしたあと、一服しているところで俺は二人に、 「なあ、俺達の同期だった佐倉を覚えているか? 実はさ、この前、帰りに会ったんだ」  ふと、加藤と井上が能面のように表情を無くしているのに気がついた。二人の不審な様子に首を傾げると、彼らは互いの顔を見合って、 「佐倉って、佐倉貴彦の事か?」 「ああ、そうだよ」 「会ったって……。冗談にしてはちょっと笑えないな。だって佐倉はもう死んでいるんだから」  俺は二人の言葉に驚いた。嘘だろ、と短く叫ぶと二人は声を潜めて言った。 「俺達も随分前に山田から聞いたんだが、当時の関西支社の部長がパワハラで複数の社員から訴えられて、その被害者の一人が佐倉だったんだそうだ」 「佐倉はあの性格だったから格好の餌食になったみたいだ。執拗な叱責が原因で精神的に追い詰められて、それで自分から……」 「高畑は問題があがった頃は海外に赴任していたから知らなかったんだな。それに、」  明らかに二人は俺を前にして何かを言い澱んだ。そして、意を決したように、 「実は佐倉の関西への異動はお前の代わりだったんだよ」 「代わりって……」 「本当は高畑が行く予定だったんだ。だけど、お前は親父さんの件で大変だっただろう? そこで会社側は佐倉に関西支社から戻ってきたら希望だった広報部に推薦するって口約束で行かせたそうなんだ」  初めて聞いた話がなかなか理解出来ない。驚いたままの俺に、 「きっと、酔っ払って昔の夢でも見たんじゃ無いか?」  まあ、深く考えるな、と二人は言ったが、同期から聴かされた真実に俺はかなりの衝撃を受けていた。  深夜のニュースは最後の天気コーナーが始まって、桜前線が北上中であることを告げていた。俺の住む地方はもう見頃を終えたらしい。  加藤と井上に佐倉の話を聞かされてから、あの桜並木に足を運んでいない。今夜も最終の電車で家に帰ると、こうしてテレビを相手に缶チューハイを飲んでいる。
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