籠絡編

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「んじゃぁ、ここで」 「ん、あぁ。……相澤!」 二人共高校は徒歩圏内であった為、帰りも必然的に歩きで一緒になる。 右に行くと相澤の家がある地区へ、左へ行くと八戸の家がある地区へと分かれる曲がり角。 そこで別れ、家に帰ろうとした所で八戸に声をかけられる。 「何?」 気が付くと八戸が相澤の左手を掴んでおり、家路につくのを阻止されている。 月明かりが丁度逆光になり、八戸の表情は伺えない。 今日は満月だった。 「……最後に良いこと教えてやるよ」 「良いこと?」 「そ」 更に八戸が近づいてきた事で、表情は見えるようになったがいつもの八戸とはどこか違う顔をしていた。 笑うと目尻にしわが寄る切れ長の目、鼻梁は高くすっきりしている。 髪は染めてないと言っていたが、ほのかに茶色くそれが嫌味なほどに似合っている。 いつもワックスでセットしている髪は部活後にシャワーでも浴びたのか、ワックスが取れさらさらと触り心地が良さそうだ。 「……どうしたの?」 声をかけるが、八戸からの返答は無い。 途端腕を引かれ、自分よりも15㎝程高い体に包み込まれる。 丁度八戸の心臓の辺りに顔が来る位置で抱き込まれ、ドクドクっと平均よりも少し速い八戸の鼓動が耳に届いた。 「帰るときに『それじゃぁ』で帰ったら女は悲しむぞ」 「あ?……あぁ!」 これは授業の一環なのだと理解した相澤は、ふむふむと八戸の言葉を聞き漏らさないように顔を上げる。 抱き込まれた状態で顔を上げたその構図は、まるでキスを強請っているような体制に見える。 「……帰り際に軽くキスでもすると女は喜ぶ。こんな風にな」 チュっと剥き出しになっている額へ唇を落とす。 キスをされたはずなのに、なんだか心の中からポワポワと幸せな気分が募り、女もこういう気分になるのだろうかと考える。 「ふ、ふーん!わかった!ありがと……」 八戸の唇が触れた場所がどんどん熱を持ってきたように感じられ、恥ずかしくなった相澤は身を捩り離れようとするが八戸の腕はびくともしなかった。
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