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私がその手紙に気づいたのは、たまたまだった。
3月。春休みのある日。時計は午後2時をほんの少し回っていた。
私は机にかじりつき、いつものように勉強漬け。ガリガリとペンを走らせる音だけが耳に響く。
わずかに開けた窓から、春の風がさらさらと部屋に流れ込んできていた。
ひんやりとはしているものの、冬のような凍てつく厳しさは全くなくて、どこかで咲いている桜の香りを運んでくれているような優しさすら感じる。
…こんな気持ちのいい春に、部屋にこもって勉強か。
だけど仕方ない。
4月から私は高校3年生だ。
両親は国公立大学への進学を望んでいる。
いや、望んでいる…なんて生易しいものでなく、国公立大学に進むのが当然だと思っている。
現在もそこそこ有名な進学校に通っているものの、どうやら私にはそれほど勉学の才はないらしく、ガリガリと勉強をし続け、なんとかそこそこの成績をキープしている状態だ。
それなのに、国公立……。
冗談抜きで、1日24時間では足りない。それほど勉強しないといけないだろう。
「……はあ。疲れたな……」
気づけば口からポロリとこぼれたそんな独り言。
ほとんど無意識の弱音に、自分で自分を嘲笑ってしまいそうになる。
もう、そんな泣き言は言わないと決めていたのに。
……でも
連れ出してくれないかな。
また、あの日みたいに。
「………っ」
今度は意識して『あいつ』の名前を呼ぶ。
小さく、誰にも聞こえないくらい小さく。
すると、それに答えるように
―――コトン、と小さな音が鳴った。
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