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 早乙女は、耳をつんざく電子音で飛び起きた。うっすらと浮かび上がってきた意識の奥、やたらと重い頭のなかでは軽快な音楽が反響している。何事なのかを把握する前に音楽がとまり呆然とするなか、狭く暗い通路の真ん中で倒れこんでいたのだとわかるまで、冷たい床にへたれこんでいた。床に点在する光りを見つめて、早々に意識を覚醒させようと視覚から刺激を送り込む。霞んだ視界が煩わしくて、目頭をこすった。 「……眼鏡、ない」  顔の一部である眼鏡がないことに気づき、早乙女は辺りを見回した。しかし、頭のてっぺんでまとめていた髪が落ちてきて視界を遮るので、大雑把に上げなおした後、まとめきれなかった前髪をヘアピンで留めた。目も、暗さに慣れてきて先ほどよりも色々なものが見えてくる。ひとつ明確になったのは、青い壁と"光る何か"しかないことだった。人工的な床に無風な今は、外に居る可能性が極めて低い。しかし、天井が見えないのでどういった場所なのかが特定できない。吹き抜けの建物かもしれないし、実は外で曇りの凪の夜かもしれない。眼鏡もなく、視覚的な情報も限られているのはあまりいい状況ではなかった。  光の反射のおかげで見つかった眼鏡を装着し、より正確な状況把握に努めた。眼鏡の効果で視界はさらに良くなったものの、やはり他に物がない。動き回るには、まだ情報がたりなかった。早乙女は、まずは目の前に落ちている発光物を手に取った。形は薄くて丸い。裏や表に返してはしげしげと見つめた。鼻先を近づけてみると香ばしくて甘い匂いが鼻腔をくすぐる。表面は荒く、指の腹にはかすかにくずがついたので、指先をこすったらすぐに落ちていった。 「これは……クッキー……?」  丸く平たい発光物は、匂いといい手触りといい、まごうことなくクッキーであった。ただし、早乙女が職場でかじっていたものとは違い、近くで見ると目を細めたくなるほど光り輝いていて、とても食べられそうにない。真ん中から割るとくまなく光っていて、表面に塗料が塗られているのではなく物質そのものが光っているのが見て取れた。 「……うん、出ないよね。かぐや姫みたいなのは」  早乙女は、しばらく眺めて変化がないとわかると、近くに落ちていた布袋にクッキーを投げ入れた。気怠い身体に鞭を打って立ち上がり、安定感抜群のスニーカーでしっかりと踏ん張ったところで、前後に伸びる通路の様子を観察した。
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