ぎりぎり

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ぎりぎり

黛は飛込むつもりでいた。 快速線に飛込むつもりでたっていた。 踏切は5ケ所だとおもっていた。 この時刻、快速線はだいたい15分おきにはしってくる。 黛はかんがえていたわけではない。 いつも利用する電車、だからおぼえている。ただそれだけのことであった。 「まいったなぁ。」 黛のとなりにひとがいて、まるで声をかけてきたもののようにいう。「まいったなぁ。」 黛はひとが去ってからにしよう、とおもった。 「まいったなぁ。」 おとこはもうしわけなさそうにいった。 あたまをぺこぺこしながら、下顎をだしたりひいたり。 なんだ、こいつ。じゃま。 黛はむっとする。 「それ、おいらのハンカチなんっす。」 なにをいっていやがる。 黛はおもう。 さっさとうせろ、このうすのろ野郎。 するとそのおとこ、すこし表情をこわばらせ、 「それ。」 といって顎で黛のあしもとをさした。 「ふまれてしあわせなんですって。」 わけのわからないことをいう。 黛はあしもとをみる。たしかにハンカチをふんでいた。 黛はすこしだけ恥じた。 おおげさにハンカチをふんでいた足をずらすと、あやまった。 「それ、ただのハンカチなんすっけど、つれがえらんでくれたんで。」 へへへ、 おとこはわらった。 「たすかりました。」 と、おとこはいった。 「よかった、よかった。」 黛は泣いていた。 たすかったのはわたしだ、と。 黛は泣いていた。
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