第1章

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 桜の下で、僕はある女性と出会った。    その日は暖かな春だった。もう桜は満開で、ときおり風に吹かれて花びらもちらほら散っていた。  僕は趣味でもあるカメラを持って、桜の撮影をしていた。桜の撮影といっても、観光名所に出向いたというわけではなく、家の近所にある桜の並木道だ。    この桜の並木道は、小川を挟んで両方に桜が並んでいて、桜が咲けばピンクの花びらでトンネルが作られる。  この桜のトンネルはとても綺麗なのだが、ここは観光名所というほどでもないので、近所の人しか見に来ない。それとここは住宅街の中にある場所なので、ここでドンチャン騒ぎの宴会をするような人はまずいない。ここに来る人は散歩をする人や、僕のようにカメラで撮影をする人。あとは近所の人が小川の土手で、桜を見ながらお昼のお弁当を食べる人くらいかな。  僕も小さい頃は、僕たちの家族や親戚、みんな一緒になって毎年休日の昼間にお花見をしていた。もちろん大人たちは騒ぎはしないがお酒を飲んでいた。  そういえば僕が中学に入ったくらいから、家族や親戚と花見をしてない。僕はもう今年で22になる。僕も酒が飲めるようになったので、またみんなと花見もいいかもしれない。    そんなことを思いながら、僕は近所にある桜の並木道で撮影をしていた。そして撮影の途中で、僕は彼女を見つけた。カメラのファインダー越しに彼女を見て、僕は思わず息をのんだ。  飛びぬけて美人か、と言われれば、彼女はそういうタイプではなかった。だけど彼女と桜は、非常によく似合っていた。  彼女は髪は黒くて長かった。そしてすらりとした身体に、腕も細く白かった。彼女が桜の枝先にある花びらを触ろうとする仕草は、まるで桜と会話しているような雰囲気だった。  僕は反射的にカメラのシャッターに指が掛かった。しかし僕は我に返り、カメラのシャッターを押すのを止めた。彼女に内緒で撮るのは盗撮だ。僕は撮りたかった、彼女と桜の写真を諦めた。  僕はしばらく一人で桜並木を歩き、桜の写真を撮っていた。何枚も何枚も桜の写真を撮ったが、どうも納得のいく写真を撮ることができなかった。毎年、春になるとここの桜を撮るのだが、こんなにも気持ちがモヤモヤしたことはない。
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