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ふいに肩を掴まれたような気がした。
振り返ると、メレンゲのように柔らかな雲が、傾きかけた太陽の粉砂糖で、愛らしく桃色に染まり、横切る鳥達の羽を優しく撫でていた。
帰ろうよ。
声が聞こえた。
鳥達のさえずりのなかから。
あるいは、甘い香りの柔らかな雲の感触の中から。
あるいは、桃色の雲を掻きまわす冬木立の枝から。
あるいは、枝の間から洩れるスプーンのような僅かな光から。
気づかないふりをして、また、歩き出す。
帰りたい、帰れない。
だから、さようなら。
ヒールのない私の靴底から、味気ない音がする。
それは、足元のうっすらとした私の影に混ざり合う。
存在しているのかしていないのか、答える自信がないくらいの私の影。
大風が吹いたら、私の足元から、すぐに剥がれてしまい、正体をなくしてしまいそうなくらい心もとない。
出がらしの茶葉から抽出されたような、そんな色。
悲しくて、惨めで、寂しい、味と香りが、風に乗って私の前髪を揺らした。
春は、まだ先だろうか。
通りかかった公園の桜の木。
まだ枝の先は膨らんではいなかった。
ただただ、その枝の先には、寒々しい風がくるくる巻きついている。
公園の隅には、薄汚れた残雪。
かつて純白だった雪は、泥にまみれている。
やがてくる春の訪れとともに、消えていく運命が見えた。
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