三、夜の会話

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「いよいよ明日だね」  お母さんが言っていた日。  暗闇に半分溶け込んでいる姉の顔が、少し震えたように見えた。  目が慣れたとはいえ、やはりこれだけ暗いと表情筋の動きは分かり辛い。  けれど、『うん』という短い返事は確かに聞こえた。 「あんたと話すのも、今日が最後になるのね」 「ああ、明日朝早いんだっけ」 「そう。でも、儀式めいた事をするわけでもないから、  あんたはお知らせ版に書いてあった時間に合わせて来るといいよ」 「でも、朝の挨拶ぐらいは交わせるでしょ?」 「交わせないわよ。私はこの一晩の間でもう”人じゃなくなる”んだから」  また暗闇が微かに動いた。  やや強めに吹き出されたような、ふっ、という息の音も聞こえた気がする。  私がした質問がトンチンカンすぎて笑ったのか、或いは自分の事を笑ったのか。 「人じゃなくなるって」 「そのまんまよ。植物そのものになっちゃうの」  人としての意識はなくなるけど、死ぬわけでもない、ただ深く深く眠るだけ。  私の体も心も意識もみーんな種が吸収しちゃったからと姉はおどけて言った。 「種って、一年前の今頃に呑み込んだやつ?」 「そう」  姉に表紙を閉じられる前に読み終えたページに書いてあった解説文を思い返す。  小難しく書かれていたけれど、あれを分かりやすい単純な言葉に訳すと姉が今発した言葉そのものになるんだろうなと思った。 「それは、どうして呑み込んだの?」 「どうしてって、」 「宿り主だから?」 「分かってるんじゃない」  きょとんとした顔で突っ込んできた姉に、そうじゃなくてと慌てて手を振り、改めて聞き直す。
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