咲かせる呪文

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「フローレオース!」  幾度目になるかわからない失敗の後、私は「こんなのできっこないじゃない」と呟いてその場に寝転んだ。空を見ると雲ひとつない晴れだったが、いまだに肌を撫でる風は冷たかった。  ここに来てからもう一年近くが経つ。去年の今頃は、どこに花見をしにいくか友人二人と話し合っていたころだ。花見では何を話したっけ。去年の春から通う予定だった高校の話をしていたんだ。友達は出来るかな、素敵な恋は出来るかな。そんな話をしていたのを思い出す。 「桜、今年も見たいなあ」  ぽつりと口から零したが、私が咲かさないことには、それも叶わない。  気を取り直してもう一度集中した。去年見た満開の桜も、友人たちの笑顔も一緒に思い出して呪文を唱える。 「フローレオース!」  だが、その声も虚しく、桜の木に満開の花がつことはなかった。予想していたことだったが、精一杯桜のことを思い出したというのに、何も起きないというのは些か悲しい。  どうしたものかと、その場で落ち込んでいると、森からお師匠様が戻ってくるのが見えた。 「お師匠様・・・」 「なんだい葵、また泣きそうな顔して」  お師匠様の胸に飛び込みたかった。ここに来たばかりの時は何度も泣いていたが、今はもうそんな子供じゃない。 「おや、今回は早かったね」  お師匠様の言葉に、私ははっと顔をあげた。視線の先を見ると、二輪だけ、桜が花を咲かせているのが見えた。  私はこんなにも早く魔法を成功させたことがなかったので、とても驚いた。初めて火を灯す魔法を習ったときも、小さなマッチ棒くらいの火が点くのに一週間もかかったのだ。花を咲かせる魔法など、どれくらい経てば出来るようになるのか、検討もついていなかった。 「一年も経てば、子供は成長するもんだね。頑張った褒美に、後は私がやってあげよう。フローレオース!」  そういってお師匠様が杖を振ると、見る見るうちに蕾をつけていき、勢いよくその花弁を開かせた。こんなにも満開な桜を見るのは初めてだったので、私は呆気にとられた。 「心に残しておくんだよ。もちろん、最初の二輪を咲かせたほうのイメージを」  私が思い描いたのは、友人二人と見に行った桜。そうか、花を咲かせたのは、友人たちの笑顔だったんだ。  そう思うと、このお師匠様がとても優しい人間なように思えたのだった。
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