第二章  朱雀夏彦

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 今朝、麻紀からメールが入った。三日前に一緒に飲んだ時に、治り掛けていた私のインフルエンザが移ったらしい。  何時もの我儘からアシスタントに逃げられた夏彦大先生が、締切を守れず原稿を落としそうだと言うから大変だと思って連絡してみた。  麻紀が死にそうな声で、夏彦のアシスタントを頼めないか、と聞いて来るから承諾してあげた。  夏彦の性癖は知っている。胸の大きい女が何より好きなのだ。  麻紀が何時も大変な思いをしているのも、この癖のせい。出版社の若い女子社員でも、胸が大きければ手を付ける。  アシスタントも胸の大きい女しか選ばないから、仕事が進まない。  麻紀が私のEカップを気にしているから、晒を巻いて木綿の着物で行くから大丈夫だと言ってやった。夏彦に嫌いな物があるとすれば、小さな胸と縞の地味な着物だと言う事は周知の事実。 実に解り易い。  とにかく夏彦の家へ出掛けて行った。夏彦大先生は親の代からのお金持ちで名の有る家に生まれた。もとは華族の邸だったと言う大きな洋館で暮らしている。  作家として大成出来なくても十分な資産があって、遊んで暮らせる羨ましい生まれのくせに、物凄い才能に恵まれて私ごときから見たら雲の上の存在。なんて世の中は不公平なんだろう。  離婚歴三回、愛人数え切れずの噂の大先生は、今は昔から居る執事や家政婦と一緒に暮らしている。  その日も、執事に迎えられて図書館かと思う様な書斎に通された。  大先生の父は有名な国文学者だったが、今はイギリスで暮らしているらしい。若い女と一緒に・・!  血筋は争えないものだと思った。  書斎は四十畳程もあろうか。真ん中に大きなテーブルが置かれ、革張りの椅子に座って今時珍しい手書き原稿と格闘しながら、私を睨み付けて、上から下まで見回してから、フンと言った  「お前か、麻紀が寄越した臨時の女は。名前は何て言うんだ」、胸を見ている。  「高台文月と言います。宜しくお願いします」、取り敢えず名乗っておく。  「胸の小さい面白みの無い女だが、急いでいるから仕方がない。使ってやる」、もう視線を呉ようともしないから笑ってしまう。  解り易い男だ。。。
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