第二章  朱雀夏彦

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 翌日、仕事に向かう車の中から夏彦の邸の前でタクシーを帰し、大きな荷物を引き摺って玄関に向かう桜子を見て。思わず車を止めさせた。  窓を少し開けて見ていると、玄関が開いて執事が重そうな荷物を受け取った。  「文月様、寝室のご用意は出来て居ります。さっきから夏彦様がお待ちでございますよ」  聞こえてしまった。  しかも、この邸では彼女は桜子ではなく本名の文月と呼ばれているらしい。  胸の熱い辛さが、焼ける様な痛みに変わった。  「車を出せ」  命令する声が厳しくなる。  何としてもこの釈明を桜子に求めない訳にはいかない、と思った。  もう紳士の優しい仮面など止めてやると決めた。欲しい物はどんな事をしても手に入れて来た。  桜子は逃がさない。  その文月の不幸な五日間は、不眠不休の重労働から始まった。朝早くにきつく巻いた晒が苦しいが、無しでは済まないから我慢した。  資料の山が崩れて下敷きになる事三回、食事を取りながら原稿を読み、夜に為り・・もう起きて居られないと思うまで、パソコンと格闘して過ごした。  五日目の昼頃、やっと原稿が上がって出版社から原稿取りが飛んで来たから、原稿を渡した。脱力してしまう。  テーブルに俯せになったまま眠った。ただひたすら、眠りたかった。  誰かに抱き抱えられて運ばれる夢を見た。柔らかなベッドが迎えてくれて深い眠りに落ちる・・そして目覚めた。  夏彦が隣に寝ている。  仕事中に着ていた和服のまま、私の身体に腕を廻して眠っているから、抜け出そうとして驚いた。  此奴、何と私の帯を掴んで眠っていて動けない。女を抱いて居ないと眠れないらしいと噂には聞いていたが、まさかと思った。  何もされたく無いし、絶対に此奴とはしたく無い。早く離れようと思って帯を解いてベッドから降りた処までは上手く行ったのに、此奴は眼を覚ましていたらしい。  いきなり抱き寄せられて、唇を重ねてベッドに押し倒された。何て手慣れた早業と呆れてしまう。  胸を弄り、妙な顔になった。  「胸が固い」手がさらに胸に押し当てて来るから懸命にもがいてしまう。  「お前、胸に何をしている」  上から覗き込んで、きつく聞いて来るから、これは拙いと思った。
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