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私の名前は道木 平成子(みちき ひなこ)。
2代続いた理髪店の娘。
歳は30余歳。
年齢なんて、二十歳を過ぎた頃から数えるのを止めた。
ただ、さすがに30を超えたのは認識している。
ベッドタウンと都心部を結ぶ大きなバイパスが×字型に交差する場所に面した商店街の一角に居を構えている。
バブル全盛期から崩壊後の今に至るまで、土地の地価が下がった事がない。
そんな場所に住んでいた性か、揉め事や厄介事に巻き込まれたり、知らず知らずに虐げられて生きて来た。
物心付いた頃には、自分の周りは殺伐としていた。
地上げ屋が暗躍し、次々と商店街は欠けて行く。
幼い頃程賑やかだった商店街の記憶は、6歳になる頃には、寂しく廃れた姿だった。
変質者にイタズラされそうになったり。
私怨でリンチを受け、服を破かれ写真を撮られたり。
鞄を盗まれ、ゴミ捨て場に中身をばら撒かれたり。
せっかく出来た恋人の子供を妊娠している事を知らずに、気が付いたら流産してたり。
そんなこんなで二十歳の頃、全部嫌になって私は故郷を捨てた。
10年後、地上げでノイローゼになった挙句、鬱病になった父親の自殺を期に、今までの親不孝を申し訳なく思い故郷に戻った。
けれど、父親が文字通り死ぬ程大事だった家も、最後は放火で失くしてしまった。
そんな人生を私に下したのは、私を産んだ両親だろうか?
この地に広がる海なのだろうか?
幼少期、更地になった商店街の空き地に、いつまでも枯れる事無く満ち溢れる大きく深い水溜りがあった。
それは、戦後泥地だっただこの場所を整地して築き上げた土地独特の名残りだと、祖父から聞いた。
私はこれを『泥の海』と呼んでいた。
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